和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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東田中神社

東田中神社 ひがしたなかじんじゃ

  • 杉原 秀紀
  • 〒649-6414
    紀の川市打田577番地
  • 大山昨命 大巳貴命 猿田彦命 須佐男命 天照皇大神 天児屋根命 倉稲魂命 興津彦命 興津姫命 少彦名命 足仲彦命 誉田別命 息長足姫命 市杵島姫命

10月10日(「体育の日」祝日)

第二社殿〈旧一之宮神社、県指定有形文化財(建造物)〉

本殿(第一殿木造銅板葺隅木入春日造 12屐 本殿(第二殿木造檜皮葺隅木入春日造 11,7屐 拝殿(木造瓦葺入母屋切妻造 48,7屐 社務所(木造本瓦葺入母屋造 71屐 神庫(コンクリート造瓦葺切妻造 9,9屐 鳥居(合金製明神鳥居)

15,103屐ゞ内山林 7,000屐ゞ内運動公園 3,000

紀の川市(打田・竹房・窪・黒土・久畄壁・赤尾・東大井)

当神社は旧田中村8社の中、日吉神社、一之宮神社、若宮神社、中村神社を昭和20年に日吉神社の社地に併せ祀り翌21年東田中神社と改稱したものであり、本殿4社が並んで居たが、旧中村神社、若宮神社の2殿が焼失、台風に依り倒壊し復舊出来ず現在の2殿となって居る。
第一殿、日吉神社は山王権現とも云い、打田、上野、花野、中井阪、馬場、西大井、赤尾、黒土、竹房、窪12ヶ村の産土神で田中荘8社の1にして総社と云う。
日吉神社は社伝によれば天長年間、慈覚大師勅命を蒙り江州坂本より勧請す、因て祭礼の式は坂本の如し、又『源平盛衰記』に白く、「嘉保二(1095)年叡山の衆徒訴訟の事に困りて洛中に押来り陣頭へ参る後二条関白師道公中務頼治に命じ、法に任せて禦ぐべしと下知せられければ、頼治禦ぎて疵を蒙る神民六人、死する者二人祢宜友實が背に矢立ければ社司寺官皆逃れ帰りぬ 夫より一山の衆徒関白殿を呪咀しけるとぞ、此に固りて関白殿山王権現の崇り有りて重痛を受け苦しみ御母并に北政所歎き給い、様々の御祈願あり、その頃関白殿の荘園なれば日吉山王へ寄進し給う」
又、或説に「此地に山王を祀り来りしに、嘉保二(1095)年より此荘を叡山に寄附せられしより、社益々繁栄して社殿等壮麗を極め荘中八社の総になるに至る 社田四町九反ありしが天正の兵火により、社殿、神宝文書等悉く焼失し、神田、神事も皆廃絶す、其の後氏子等再造営し古に復するに足らざるも祠宇頗盛りなり」
明治6年村社に列す。
第二殿、一之宮神社(竹房神社・前ノ神)は元田中村大字竹房に鎮座ありしを、合併したもので県文化財に指定されている。
竹房・黒土・赤尾3ヶ村の産土神である。
荘中8社の1であり『本国神名帳』那賀郡地祇部に「従四位上前ノ神」とある。
第三殿、中村神社(中の宮)焼失のため社殿跡のみ、荘中8社の1であり、打田・上野・窪・東大井4ヶ村の産土神である。
第四殿、若宮神社(上の宮・若宮八幡宮)台風により倒壊し社殿は現存せず跡地のみ、荘中8社の1にして、東大井・赤尾・黒土・竹房・窪・打田6箇村の産土神である。
(社叢)
境内山林は社殿の周囲を広く覆い、中には数百年を経た杉の大樹もあるが数は少ない。
平均して若木が多く、檜等を植林、更に運動公園等の関係もあり桜等の植樹も多い。
(例祭)
例祭は氏子総出で盛大に行われる。
各大字より各々子供クラブの子供神輿が区域内を練り、奉納の大投餅行事、カラオケ大会等の催しがされる。

写真情報

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