和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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寶來山神社

寶來山神社 ほうらいさんじんじゃ

  • 森 和弘
  • 〒649-7163
    伊都郡かつらぎ町大字萩原56番地
  • 0736-22-3734
  • (主祭神)八幡大神 菅原大神  猿田彦大神 大山祗大神  (配祀神)大國主大神 素盞鳴大神  蛭子大神 少彦名大神  市杵島姫大神 稲荷大神  外46神

10月27日(10月第2日曜日)

紀伊國田庄絵図〈1幅 (附延徳3年3月日田庄示覺書1巻及び慶安3年賀勢田庄絵図1幅)昭和50年6月12日付文第10号をもって文部大臣(永井道雄氏)から重要文化財に指定、現在県立博物館に保管を依頼〉

本殿4社(桃山時代の建築様式を採り、慶長19年甲刀の年3月27日付の棟札は各社殿毎に1枚づつあり、大工の名前が次のように記されており、2組の大工が分かれて施行したことが伺える。第一殿と第三殿は大工藤原朝臣 折居村新左衛門、第二殿と第四殿は大工藤原朝臣 大籔村義次甚左衛門。昭和18年6月国宝、昭和25年8月重要文化財) 脇社と奉称する東殿と西殿の2社(建立年代は詳らかでないが現在の社殿は本殿より新しく、細部の手法から見て江戸時代中期以後の宝永乃至享保年間の頃に造営されたものと認められている。昭和46年3月22日県指定文化財)

本殿第一殿(一間社春日造檜皮葺 5・58屐 本殿第二殿(一間社春日造檜皮葺 5・58屐 本殿第三殿(一間社春日造檜皮葺 5・58屐 本殿第四殿(一間社春日造檜皮葺 5・58屐 東殿(二間社造檜皮葺 6・34屐 西殿(二間社造檜皮葺 6・34屐

山林をいれて1万坪(33,000屐

かつらぎ町大字(佐野・眞和・笠田東・笠田東二・笠田中・西部・高田)

光仁天皇の宝亀4(773)年和氣の清麿公が八幡宮を勧請し八幡山と称したことに始まる。
寿永2(1183)年後白河法皇が田の庄を洛西高雄山神護寺に寄進し、その縁りをもって同寺の僧文覚上人が熊野、高野に参詣の途次当地に錫を止めて壮麗な社殿を造営されたと伝えられている。
その後社殿は、荒廃に帰したのであるが、大永の頃、当地の豪家に是吉(『伊都郡誌』には「仙人翁是吉」とあり、又『紀伊續風土記』には、「加勢田是吉」とある)という人があり、この人は後柏原院の三宮青院が高野山福藏院(今の巴陵院)に寓居されていた時福藏院の後見となって三宮の伝育に当たられた人であるが、特に当社を崇敬し、荒廃した社殿を再興し、三宮の縁りをもって大永5(1525)年8月27日後柏原天皇御宸筆の神位勲位の勅額(正一位勲八等日本第一大福田寶來山大明神)に関する論旨を賜り社領として田地10町歩の御寄進もあり、当社の神徳が益々世に著しく、社殿も備わったのである。
歳を経て元亀、天王の頃に至り、織田信長の高野攻めに際してその兵火に遭い、天正10(1582)年社殿が灰燼に帰したのであるが、天正19(1591)年是吉の子孫莊民等が相謀り社殿を再建している。
現在の6社のうち御本殿4社は、慶長19(1614)年甲刀の年3月27日是吉予衛門や高野山実想院、谷吉徳院の発起で、大工大藪村義次甚左衛門と折居村の大工新左衛門が指揮して建立されたものであることが、社殿の棟札に記されている。
昭和44年より3ヶ年にわたり本殿、脇社殿の解体保存修理が行われ、同48年には御創建1,200百年祭が斎行された。
森家は16代にわたり寶來山神社の神官としてお仕えしている。
平成5年には、正遷宮御造営にあたり平成3年より6年に亘り本殿脇社殿の桧皮葺のふき替工事防災施設として避雷針、火災報知器、消化ポンプ、放水銃(4基)の設置、境内燈籠配線工事、拝殿の屋根ふき替、宝物庫の新設、玉垣鳥居の改修、ゴミ焼却炉の新設等を行っている。

写真情報

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