和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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加太春日神社

加太春日神社 かだかすがじんじゃ

  • 井関 摩美子
  • 〒640-0103
    和歌山市加太1343番地
  • 073-459-0368
  • (主祭神)天児屋根大神 武甕槌大神 経津主大神 (配祀神)天照皇大御神 住吉大神

稲荷神社 賽神神社 須佐神社 蛭子神社 八幡神社 八王子神社 布留神社 白龍神社

日吉神社(深山鎮座) 金刀比羅宮(加太鎮座)

5月20日(渡御祭は5月第三土曜日に斎行)

放生神事 渡御神事(5月第3土曜) 餅撒神事(旧6月10日) 茅輪くぐり神事(旧6月30日) 大祓庭火神事(12月31日) 特殊神饌・伊勢蝦・柏餅神饌(5月20日)

本殿(木造槍皮葺一間社流造千鳥破風及び軒唐破風付〔霧除け、銅板葺を含む〕 29,26屐 幣殿(木造銅板葺切妻造 16,5屐 拝殿(木造瓦葺入母屋造 69,3 含渡廊下、神輿庫) 社務所斎館等 (木造瓦葺入母屋造 216屐 手水舎(木造瓦葺切妻造 5屐 ポンプ舎(コンクリート造瓦葺 10屐 一ノ鳥居(石造明神鳥居) 二ノ鳥居(石造明神鳥居) 蛭子社鳥居(石造明神鳥居) 境内社鳥居(木造明神鳥居3基) 石灯篭(春日型2基、四角型5基) 狛犬(石造2対)

1,493

和歌山市加太地区

当神社の創立年代は明確でないが、『紀伊国造家旧記』によると、神武天皇の御代に、天道根命が二種の神宝を奉戴して加太浦に来られた時、頓宮を設けて天照大御神を祀った事に始まるという。
当地は、海に面して漁業の盛んな所であるため、後に航海安全と大漁を祈願する住吉神社を合祀したらしく、文保元(1317)年6月29日付賀太庄住吉社への寄進状(『向井家文書』)が遺されている。
当社の社名については、『紀伊続風土記』によると、日野左衛門藤原光福が、地頭としてこの地を支配した嘉元年間(1303〜1305)に、祖先神である春日三神を新たに祀り、総名として「春日社」と称したとあり、また現在の加太春日神社の社名は、太平洋戦争後、宗教法人法による神社に切り替わった時、用いられたものである。
『紀伊国名所図会』によると、社地はもと、現在地の東の山の中腹にあったが、天正年間(1573〜1592)に羽柴秀長の家臣桑山重晴が和歌山城に居城した時、現在地に遷したとあるが、棟札によって慶長元(1596)年に大がかりな社殿の造営のあった事が実証されている。
当神社は、明治時代まで神職を置かず、神社経営は、宮座形式の当屋制で運営されていた。
そのためか、神社には記録文書類は全然存在せず、他からの資料に頼らざるを得ないが、御神徳の篤い神社である事は、『紀伊国神名帳』に「正一位春日大神」と記されており、また役小角が友ヶ島を行場とした時、当社を守護神とされた関係で、現在でも毎年4月中旬に、聖護院門跡が、大勢の山伏僧と共に参拝されている。
(例祭)
当社の例祭を「えびまつり」と呼んでいるが、往時、当地では伊勢蝦が多く獲れ、例祭当日、各家庭で神棚にお供えしたり、宴席に用いたのでその名がある。
当地では漁家が多い為か、神様を慰め、身を浄めようとする心が強く、渡御祭に供奉する獅子舞や長刀振りは古くから重要な役割を果たしており、子供等はこの獅子にんで貰うと、無病息災になるという風習が残っている。
また長刀振りは必ず神輿を先導し、祓い浄めながら渡御を斎行する。

写真情報

加太春日神社 かだかすがじんじゃ
初午祭

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