和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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木本八幡宮

木本八幡宮 きもとはちまんぐう

  • 山本 眞弘
  • 〒640-0112
    和歌山市西庄1番地
  • 073-451-5915
  • (主祭神)誉田別尊(応神天皇) 息長帯姫尊(神功皇后) 日霊大神(天照大御神) (配祀神)仁徳天皇 高良玉垂命 金山毘古命 八衢比古命 八衢比売命 大山咋神 大国主神 底筒之男命 中筒之男命 上筒之男命 菅原道眞公 蛭子神 事代主神 建御名方神 神馬 天之水分神 国之水分神 大綿津見神 大年神 市杵島姫命 倉稲魂神 建内宿禰大臣

若宮神社 高良神社 三嶽神社 日吉神社 住吉神社 天神社 遙拝殿 蛭子神社 諏訪神社 神馬舎 水分神社 稲荷神社 玉垂神社

姫神社(榎原鎮座) 蛭子若宮神社(古屋鎮座)

10月14日・15日(10月第3日曜日 前日土曜日)

佃田神事(1月7日)

木本八幡宮本殿 附宮殿1基 棟札3枚(県指定) 木ノ本の獅子舞(県指定無形文化財)  木本八幡宮文書(市指定)

本殿(木造檜皮葺流造 33屐 拝殿神饌所(木造銅板葺 83屐 神輿庫(木造トタン葺 13屐 授与所(木造カラーベスト葺 43屐 社務所(木造瓦葺 73屐 権殿(木造瓦葺 49屐 神饌所(木造瓦葺 13屐 倉庫(鉄骨、サイディング、カラーベスト葺50屐 一ノ鳥居(木造両部鳥居) 二ノ鳥居(石造明神鳥居) 三ノ鳥居(木造両部鳥居)

宮山 1,1405屐“地宮ノ原 4,562屐“地舞山 869

旧海部郡木本荘全体 現和歌山市(木ノ本・榎原・古屋・西庄・松江)の一部

『紀伊續風土記』巻之十四日前國懸兩大神宮下に「國造家古き傳に道根命大神宮を奉じ淡路國御原山に天降り葦毛ノ馬にのりて賀太より來り木ノ本に到りてしばらく斎奉り又毛見郷に遷し奉り國造大名草彦の世に今の宮地に遷し奉る時木ノ本郷御鎮座ノ地の土を運ひ來りて今の宮地に築き(中略)木ノ本山ともいふ社地に汚穢の物あれは其土を取棄て此山の土をめてきよむといふ」と記され、八咫鏡と共に鋳造した日像鏡を天道根命が当地の厳橿の木の本にお祀りしたという社傳と一致する。
木本宮には厳橿の木の根本の他に木の國の一の宮の本の宮という意味もあったのであろう。
1,600年程前、当時紀ノ川の河口の天然の良港であった当地に、三韓遠征の帰途上陸された誉田別尊(應神天皇)が頓宮(仮の宮)を造り、しばし留まられた故蹟に、欽明天皇の23(562)年、勅命により芝原八幡宮が創建された。
八幡宮としては有数の古さである。
『萬葉集』巻一の(第九番目の)歌に 紀の温泉に幸しし時 額田王の作れる歌「莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣吾瀬子之射立為兼五可新可本」という難訓難解で有名な歌が有る。
定説が無い上の句に対して、下の句は「吾が背子が、い立たせりけん厳橿が本」と訓むのが定説のようである。
斉明4(658)年に女帝の白浜行幸のお供をした女流歌人額田王が厳橿の木本の宮に参拝して作った歌と信じ、NHK全国放映を記念して歌碑を建てている。
神亀元(725)年聖武天皇玉津島行幸の時、当宮で魚鳥を放ち、放生祭を行わせられた。
秀吉軍の紀州侵攻の際本殿等の建造物・古文書も焼失し、のち元和4(1618)年厳橿山に木本宮と芝原八幡宮を合祀して、木本八幡宮と称するようになったのである。
古来皇室・源氏・徳川家を始め、広く民衆に至るまで厚く崇敬され、今日に至る。
(社叢)
典型的な照葉樹林として学術的にも貴重で、文化財の森厳さを保つため大切に保存すべきものである。
(例祭)
神事の後、地上5mの青竹上で演じられる勇壮な獅子舞を奉納して神様に感謝しお慰めする。
獅子舞奉納、宵宮20時 例祭10時・16時頃の2回。

写真情報

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