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住吉神社

住吉神社 すみよしじんじゃ

  • 山林 浩史
  • 〒640-8024
    和歌山市元寺町1丁目10番地
  • 073-422-4033
  • 住吉大神(底筒男命 中筒男命 表筒男命)

7月31日

住吉祭(7月30・31日) 例祭行事の一つとして両日住吉祭(夏祭り)を行う。30日は宵宮で、当日氏子の子供達が稚児渡御と子供みこし渡御を行う。小学生の子供達は男女共揃いのハッピを着て、太鼓山車に囃子方を乗せて引き、みこしを担いで氏子地区内を隈無く回る。又幼い子供達は稚児装束を身にまとい、手には住吉踊の御守りのアヤメの枝を持ち愛らしい姿で祭りに彩りを添える。祭りは2日間挙行されるが、昔は8月1日までの3日間に亘っていた事もある。(大阪の住吉大社の祭りが3日間あることによる) 境内舞台では両日「カラオケ大会」「手品」「舞踊」「タレントショー」等が奉納演芸会として催され、夜店と共に夜遅くまで賑やかである。授与品の一つとして当社独特の「住吉踊」の御守護がある。これは麦藁で作られた笠に赤い布を巻き御田植神事で踊る女の子達を形取った四人の人形をつりさげた物で、住吉大社では正月に授与されている。五穀豊穣、家内和楽の可愛いお守りとして有名である。

本殿(木造銅瓦葺住吉造 7屐 拝殿(木造銅瓦葺切妻造 30屐 神饌所(木造切妻造 10屐 社務所(木造入母屋造 120屐 鳥居(鉄筋コンクリート造、朱塗、住吉鳥居と呼ばれる四角柱) 手水舎(木造銅板葺)

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本町地区 広瀬地区の一部

住吉三神を祀る信仰から生まれた住吉神社は、その創建は天正年間(1573〜1592)のことで、昭和20年の戦災で焼失するまで住吉町(現在の本町小学校の処)に鎮座されていた。
しかし戦後同地に本町小学校を建設することになり、現在地に遷座することを余儀なくされ、昭和33年に元寺町に再興されたが、社地は往時の3分の1程度に縮小されてしまった。
歴史書『紀伊続風土記』第一輯に次の記載がある。
「住吉神社 境内周六一間 禁殺生 本社方五尺外屋二間餘 拝所 舞台 鳥居 本地堂薬師 大師堂 歡喜天堂 末社六社(愛宕社 勝手社 八幡宮 稲荷社 金毘羅社 天満宮)別当瑞松山利益院(古義眞言宗京勸修寺末)城北住吉町ニアリ内町ノ内本町通ヨリ東ノ産土神ナリ(南ワ三木町堀詰ヨリ北ワ本町五丁目ニ止ル)此社舊三木町堀詰ノ辺ニアリ天正中米屋町ノ辺ニ遷ス後今の地ニ遷ル(慶長六(1601)年町割ノ時ナラム)元和四(1618)年浅野家息女(名ワ千代満)寄附セシ三十六歌仙ノ額アリ近年又亜相老公(徳川治宝)親筆ノ瑠璃殿トイフ三字の額ヲ賜フ」
又、『紀伊国名所図会』上巻には下記の記載がある。
「住吉大神宮−省略−よって世俗今に瀬崎の住吉宮とは称し来れり末社に鎮ります勝手の神は其の時より地主の神としてとともにここにうつしまつる所なり 当社は當々に二十余町の生土神にして例祭六月晦日には御祓あり九月十三日には餅を投ることありて両度の神事には頗る参詣群をなせり−省略−(住吉町の社殿の挿絵併載有)」
しかしながら第二次大戦のために社蔵の品、古文書等を全て焼失したために、当社の歴史について詳しい事は今ではこの出展以外では様子をうかがいえないのは、大変残念であり、このような悲惨なことにあったのは、当社のみである。
それから戦後60有余年経過した今日でも往時の姿には戻らず、唯一、住所として「住吉町」、橋の「住吉橋」が残っている。
現在は本町、広瀬地区の氏神様として市内一の繁華街ぶらくり丁を氏子及び崇敬者の中心とし、商業繁栄、交通安全の神様として名高く崇敬されている。
住吉大神は古来より禊ぎ祓の神であり、神道では最も重要な「みそぎ」を司る。
この「みそぎはらい」の信仰これを媒介として人々に一層の新生を期待してその生命を守り、新しい息吹きを送る神様として有名である。

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