和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

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鹽竃神社

鹽竃神社 しおがまじんじゃ

  • 遠北 明彦
  • 〒641-0025
    和歌山市和歌浦中3丁目4-29
  • 073-444-0472
  • (主祭神)鹽槌翁命 (配祀神)祓戸大神四座

9月16日

鹽祭神事(10月16日)

境内地(県指定文化財  平成20年6月24日指定)

本殿(輿の窟) 拝殿(木造瓦葺 10屐 手水舎(銅板葺 5屐 社務所(銅板葺 24屐

230

鹽竃神社は、かつて「輿の窟」と呼ばれた岩穴に鎮座ましまし、とりわけ海の幸の神・安産、子授けの神として尊崇され、親しまれている。
当社は、元来玉津島社の祓所であり、いにしえ天野丹生明神(現在の丹生都比賣神社)の御神輿が、玉津島社へ渡御される慣し(所謂丹生都比賣神が玉津島稚日女神を表敬訪問される浜降りの神事)があり、その際に先ずこの輿の窟へ渡らせられたと傳えられている。
当社に対する人々の信仰は、遅くとも江戸後期にはあったとされるが、神社としての創立は近く、大正六年秋となっている。
鹽竃神社は、安産守護・子授けの神、不老長寿・漁業豊穰・航海安全の神としてつとにしられている。
即ち主祭神は鹽槌翁尊であるが、尊のことは『古事記』の神代篇「海幸彦・山幸彦」の神話に「鹽推神」として登場する。
兄海幸彦から借りた釣鈎をなくして困っている弟山幸彦に、海神(綿津見神)の所へ行けと教え、送り出したあの神様なのである。
そして山幸彦(彦火火出見尊)は鹽槌翁尊の教えのまにまに、龍宮の豊玉姫をめとられ、安産によって御子を得られたことから、尊は安産守護の神としても一般の信仰があつい。
鹽槌翁尊は、人々に安心立命を与える現代風に云えば、まさに社会福祉の神様で、塩が人々の食生活に重要なことを説き、各地で製塩の業を教え、潮の満ち引きが出産に関係し、潮の功徳により人間が生まれることを主張し、安産・子授け・長寿の方法、法則を唱え、人々の出生、生命を守護した神である。
かつて当地では、布引付近を含め大正後期まで製塩がさかんに行われ、又入江では和歌海苔の生産が行われた。
ちなみにかの浄瑠璃三十三間堂棟木の由来の木遣音頭に、「和歌の浦には名所がござる 一に權現、二に玉津島、三に下がり松、四に鹽竃よ……」とあるが、この鹽竈は直ちに神社とするには年代的にも無理があり、むしろ当地でさかんに製塩が行われ、名所であったことを證左するものである。
遠く尊は全国各地を廻られて数々の大きな功績を残されたが、なかでも製塩の法を伝えられた箇所が全国で13箇所あり、和歌の浦の鹽竃はその9箇所目にあたる。
かの名高い奥州(一の宮)の鹽竃はその13箇所目であり、尊がこの地で果てられたため世にこれを「果ての鹽竃」といい傳えられている。
祓戸大神四座は即ち瀬織津比賣神、速開都比賣神、速佐須良比賣神、気吹戸主神であり、大祓詞でも御承知のとおりすべての罪汚れを祓い清める神であり、冒頭に記述した丹生都比賣神浜降りの際この地で清祓が行われたのも頷けるところである。
神社は、万葉のむかしから数々の史実に富む景勝の地和歌の浦の入江、不老橋の前に坐します。
また神社にならんで南側の小高い丘上に、有名な山部宿祢赤人の歌碑があり、神亀元年赤人が聖武天皇玉津島行幸の際お供をしてこの地を訪れたとき詠んだ「和歌の浦に 潮みち来れば潟を無み あしべをさして 鶴鳴きわたる」の歌詞が刻まれ、いにしえの和歌の浦ののどかなたたずまいをしのぶよすがとなっている。
なお、以上のような御由緒から、当社には京阪神を含め県内外から安産、子授け祈願や、祈願成就したためその御礼参りにお詣りされる御婦人方始め参詣者が多い。

写真情報

和歌山県神社庁  /  〒641-0022 和歌山市和歌浦南3-4-10  /  電話 073-446-5611

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