和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

  1. ホーム

 


都麻津姫神社

都麻津姫神社 つまつひめじんじゃ

  • 中谷 承平
  • 640-0351
    和歌山市吉礼911番地
  • 073-478-3487
  • (主祭神)都麻津姫命 (脇殿)五十猛命 大屋津姫命 (相殿)吉礼津姫命

稲荷神社 弁財天社 祗園社 合祀社 川御前社 御霊社 祖甫社

10月14日

小豆粥神事(1月15日)

本殿(木造青銅板葺流造 13,2屐 脇殿(木造青銅板葺流造 3,3屐 神饌所(木造瓦葺入母屋造 5,94屐 神門(木造銅板葺妻造 0,99屐 長庁舎(木造瓦葺入母屋造 46,2屐 手洗所(木造瓦葺切妻造 1,485屐 社務所(木造瓦葺入母屋造 49,5屐 鳥居(石造明神造)

3,032.7

和歌山市吉礼大字(吉礼)

『本神社明細帳』に依れば、この社は『本国神名帳』に「名草郡従五位下吉禮津姫神」とあるが、この神は古書に見る事が無く、其の由来も知る事が出来ない。
しかし、吉禮の地に最古より鎮座するこの御社は、往古は神田も多く、境内も広潤で、社殿も壮麗であったと云われている。
偶々天正の兵火に罹り、「神宝・旧記」等悉く焼失し、其の後は諸事衰廃して、遂に神名も定かでなく、俗に山王明神とか都麻津姫神と称したようである。
その中、元福善寺と云う別当が居り、この社を寛文年中に『延喜式』所載の「都麻津姫神社」であるとして奉祭して来たが、明治に入り県の「令達」により、「吉禮津姫神社」と改称せられ、明治6年に村社に列せられた。
また、明治41年に幣帛供進使の神社に指定された。
しかし、左右両社に「五十猛命・大屋津姫命」を祀れるを見ると、『日本書紀』『三代実録』『神祗全書』『紀伊國名所図絵』等の書に載る「都麻津姫命」であるとして、宗教法人設立に際し、社名復旧して「吉禮津姫命」と合祀し、昭和21年より「都麻津姫神社」となった。
このような変遷を招く他の因として、この旧吉禮村は往昔より西部に、別に「吉禮津姫神社」と称す小祠があり、今から数百年前、東西に分裂し、東部を東禮といい、「都麻津姫神社」を、一方西部を西禮と称し「吉禮津姫神社」を奉り、各氏子区域を分け、信念を異にして常に紛乱の基となった。
これを憂いた当時の有力者が、「都麻津姫命・吉禮津姫命」を合祀した。
現に境内には「吉禮津姫神社」の小殿があり、西部即ち、西禮に今もその跡地も存し、西禮・東禮の名も残っている。
要するに合併した事に依り、当時の人々は自然と「吉禮大明神」として崇める事となり、其の後は「都麻」は、建造物の「妻造り」や「妻」に通ずる為か、「地鎮祭」「安産祈願」「初宮詣」等で訪れる人も多かったと伝えられている。

写真情報

和歌山県神社庁  /  〒641-0022 和歌山市和歌浦南3-4-10  /  電話 073-446-5611

copyright(c)2011 WAKAYAMAKENJINJACHO. All Rights Reserved.