和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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名草神社

名草神社 なぐさじんじゃ

  • 谷口 政則
  • 〒640-0332
    和歌山市冬野宮垣内2107番地
  • 073-479-0066
  • (主祭神)2柱の大神を相殿に祀る。 名草彦命「名草比古之命」 名草姫命「名草比賣之命」

祗園社 矢宮社 八王子社 聖社

雨宮大明神社 弁財天社 若宮八幡宮 妙見社 山伏小宮 白髭明神社

10月第2日曜日

4月3日(祈念祭) 7月14日(夏祭 108灯献灯祭) 10月14日(例大祭) 12月14日(新嘗祭火焚祭)

徳川家奉納の大小2振の御神刀・其の他2、3あれど領守名刀剣名不詳 旧神霊の御姿5体 大庄屋用よせがね 旧御鏡、其の他

本殿(木造銅板葺春日造 5屐 脇殿(木造銅板葺春日造 2,5屐 脇殿(木造銅板葺春日造 2,5屐 拝殿(木造瓦葺切妻造 15屐 長廳殿(木造瓦葺入母屋造 50屐 社務所(木造瓦葺入母屋造一部二階 110屐 手水舎(木造銅板葺切妻造 10屐 鳥居(石造神明鳥居)

境内山林 8,600

冬野 吉原 広原 本渡 朝日

『本国神名帖』地祇三十座の中に、「従四位上名草比賣大神、従四位上名草比古大神」とあり、名草比古之命は神産靈命五世の孫で、天道根命五代の孫である。
また、命の妻名草比賣之命は、紀國造「智名曾」の妹なり。
紀伊國造、紀氏の氏神として奉斎いとも古く、その年号は詳ではないが、『延喜式』に(927)既に中言社(大明神)の名を列ね、8世紀後半、奈良時代最古の歌集、『万葉集』の中に「名草山事西在来吾戀千重一重名草目名國」無名 『風雅和歌集』(1346)の中に「名草山とるやさかきのつきもせず神わざしげきひのくまの宮」紀俊文 『夫木集』の中には、名草山を神域の榊を宮山のほとゝぎすを詠っている。
永仁7(1299)年に高野山宝亀院所蔵に依る『関東下知状』の中に冬野村云々とあり、文明7(1475)年後土御門天皇室町時代中期に五箇庄の名もあり。
正平16(1361)年に日前神宮の領となり地領の濫妨を防ぐため処々に出城を構え、冬野にも一ヵ所、三葛二ヵ所、黒江一ヵ所云々とあり。
冬野の出城跡地を今も字名「城山」と称して山城の跡を残し、その山上に若宮八幡宮を勧講し、祀れるを合祀して今は当社の脇殿に祀る。
要するに國造家紀氏の氏神として大古より、紀家の尊崇厚く、その祭禮奉仕も厳正絶大なものであったろうことは、宮司家に現存する紀朝臣(國造家)の墨付を見ても判然である。
中世以降は名草郡の産土神として、名草郡一郡の地主神であり一の宮として各地の尊敬厚く、宮垣内の神域近くの旧家数軒は、崇敬者の参篭の家
となった由で、今も昔の様がうかがえる。
天正13(1585)年兵乱により、若宮の出城を始めその他が兵火に遭い神域も荒廃したるも、紀家と徳川家との深交により、また、氏子崇敬者の篤志と宮司家の奉仕により再び旧態の姿となった。
明治40年1月訓令第1号により、民政の安定と神社の興隆を図るため、各地の神社を合祀されることとなり、明治42年2月25日、吉原・広原・朝日・出島・本渡の総ての宮々は、冬野「中言大明神社」に合祀され、その名も「名草神社」と改称せられ村社の社格を与えられた。

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