和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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旦来(且来)八幡神社

旦来(且来)八幡神社 あっそはちまんじんじゃ

  • 山本 哲
  • 〒642-0015
    海南市旦来1219番地
  • 073-482-3532
  • (主祭神)誉田別命(応神天皇) (配祀神)足仲津彦命 気長足姫命

姫神社 須佐神社 住吉神社 厳島神社 稲荷神社 恵美須神社 影向(八大龍王)神社 祖霊社

10月14日(「体育の日」の前日)

古刀(1振) 旦来八幡神社古文書(1式)

本殿(県指定有形文化財)

本殿(木造檜皮葺三間社流造 52 神饌所(木造瓦葺切妻造 13屐 神輿庫(木造瓦葺切妻造 30屐 神門(木造銅板葺流造 34屐 長庁舎(木造瓦葺入母屋造 115屐 社務所(木造瓦葺寄棟造 250屐 護摩堂(木造瓦葺入母屋造 94屐

14,253

大字旦来

文化9(1812)年の『紀伊名所圖會』に曰く、「當社の勸請、頗久遠にして知るべからず」と。
なぜか、神社の実を知る者には、不可解きわまりない。
この歴史的空白に光を当ててくれるのが、正平9(1354)年の文書「紛失且來八幡宮色々神物等事」である。
この紛失状は、正平の合戦の際、伝法院堂衆が神社に乱入、御剣、御弓、御箭、御筆の法華経、細河氏の寄進状から神官私文書に至るまで、一切を略奪した事件を生々しく語り伝える貴重な資料となっている。
折しも『紀伊續風土記』をひもとくと、「當社は郷中の大にて古は社殿壮麗にて末も四十祠ありしといふ」との有名な一文に出会う。
これがいつの時代を指すかは特定できないまでも、今も神社に中世の武将や領主らの土地寄進状が多数残り、また本殿が、数世紀を経て、改めて重要な文化遺産として脚光を浴びている現実に照らせば、当神社の往時の隆昌と栄光は疑うべくもない。
あるいは当神社創建の秘密を、「旦来」という地名誕生の故事に求めてはどうだろう。
文献上、同地名は、和銅元(708)年、『續日本記』に、名草郡の郷名として登場する。
以後、紆余曲折こそあれ、13世紀には、青蓮院の荘園「旦来庄」として独立している。
もっとも、史籍によれば、鎌倉時代以降室町期にかけて、幾度か帰属をめぐる抗争にさらされた模様である。
このことはすなわち「旦来」の地勢が往来や戦略の要所であった証左であろうが、この脈絡においてこそ、件の「紛失状」も俄然大きな意味を帯びてくるわけである。
当神社が、要所「旦来」の精神的拠りどころとして、その地とともに、長い栄枯盛衰の道を歩んできたとみるのは飛躍だろうか。
ところで、この地は、美しい伝承の地でもある。
その昔、神功皇后が皇子(応神天皇)を抱き、朝鮮より凱旋なされたときのこと、里人たちは仮殿を建てて皇后をお迎えし、当地への御永住を嘆願した。
皇后はいたく感動され、「またあした(旦)来よう」と約束なされたという。
これが「旦来」という地名の起こりであり、ときの仮殿跡が御社となったというのである。
応神天皇をおまつりする当神社は、この伝承を戴き、農業、学問、武芸、交通等の守護神として、広く世の信仰を集めている。

写真情報

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