和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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十三神社

十三神社 じゅうさんじんじゃ

  • 美野 隆義
  • 〒640-1235
    海草郡紀美野町野中493番地
  • 073-495-3755
  • (主祭神)國常立尊 國狭槌尊 豊雲野尊 泥土煮尊 沙土煮尊 大戸導尊 大戸間邊尊 面足尊 惶根尊 伊弉諾尊 伊弉册尊 天照大日尊 天忍穂耳尊 彦火瓊々杵尊 彦火々出見尊 鸕鷀葺不合尊 大山祇神

丹生神社 若宮八幡神社 皇太神宮 熊野神社 聖神社 恵美須神社 頒魂神社

10月20日

大鉾・小鉾 雉刀 鏡 神興

本殿(三間社流造 昭和44年3月12日文部省告示第36号重要文化財指定)  摂社丹生神社(一間社春日造 昭和44年3月12日重要文化財指定) 摂社若宮八幡神社(一間社春日造 昭和44年3月12日重要文化財指定)

本殿(三間社流造り檜皮葦33,792屐 摂社(一間社春日造り檜皮葺2棟で各々3,773屐 拝殿(木造瓦葺 20屐 鈴門(木造銅板葺平屋 35屐 倉庫(コンクリートブロック造 6屐 防災機械室(コンクリートブロック造9,9屐 社務所(鉄骨造 172,39屐 鳥居(コンクリート明神鳥居)

3,255屐〇┝鐫蓮120

下神野地区上神野地区

桓武天皇の御宇、延暦3(784)年に神野郷の人々が官許を得て、神代七世の大神、神世五世の大神等を祀らんが為、敷地4,758坪を撰び神社地と為す。
其の当時より爾来、十二社大権現と尊稱されたが、後陽成天皇の天正年間に、伊豫の河野道直・秀道父子が、長曽我部元親と交戦し、軍敗れて伊豫を去り当地神野庄上ヶ井に落着したる時、一羽の靈鳥天翔り、国翔り飛び来りて河野一族の左右を離れず日を経過すれども飛び去らず、道直は、先祖代々伊豫国の一の宮大山祇大神を崇敬し河野家の守護神と仰ぎ奉れることを想い、此の靈鳥は、大山祇の神靈ならんと道直等一族此の大山祇の神靈を祀らんが為、神野庄(上下神野村)の人々と協議し、高野山興山寺の許可を受け十二社大権現の神廟に合祀することとなり、時に天正17年正月26日と伝えられ、以来十三社大権現と稱されたと伝えられる。
しかし平安後期の康治2(1143)年5月25日付の『神野眞國庄絵図』(京都高尾神護寺蔵)には即に十三所大明神と明らかに記され、又安貞2(1228)年の高野山衆徒置文に、「庄内神社十三所」とあり早くから荘内の鎮守社と認められている。
このことから、延暦三年の創建以来ずっと十三所大明神を産土神として信仰されていたもので、天正17年になって13体の神様の内、1柱が大山祇神と入れ替えたと思われる。
(例祭)
祭礼に当り氏子総代22名が宮司とともに奉仕し斎行する。
神賑行事は、神幸祭を執り行い野中の「上の五条」の旧地への御巡行は神達のお里帰りになる行程、700mを獅子舞を先頭に、神宝と神輿二台が操出されるが、現在では子供神興に変わり、7才迄の男女稚児が参列し、お旅所の神事を行い還行することとなっている。
終戦後から最も華やかであった、競争馬も無くなり、氏子の懐かしき想い出の行事となってしまった。
『続風土記』は、「競馬あり年々六、七十木騎もありという」と記されている。

写真情報

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