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龍王神社 正一位安高稲荷大明神
10月15日
稚児渡御・稚児社参(稚児渡御は第九十六代後醍醐天皇が当社に御行幸の御砌り、御勅言に依りこの祭事を起し給ふる。)
名手八幡神社本殿(3棟 平成20年6月24日付和歌山県教育委員会指定有第318号) 丹生神社(1棟 平成20年6月24日付和歌山県教育委員会指定有第318号) 八幡神社(1棟 平成20年6月24日付和歌山県教育委員会指定有第318号) 天満神社(1棟 平成20年6月24日付和歌山県教育委員会指定有第318号)
本殿(3社)(木造檜皮葺春日造 延198,0㎡) 拝殿(木造木板張瓦葺破風造 141,2㎡) 参集殿(鉄骨瓦葺破風造 198,0㎡) 神饌所(木造瓦葺入母屋造 20㎡) 札受所(木造瓦葺切妻造 15㎡) 御手洗舎(木造瓦葺切妻造 12㎡) 社務所(木造瓦葺入母屋造 165㎡) 一の鳥居(石造八幡鳥居)
52,800㎡ 境内山林 26,400㎡
紀の川市切畑区 江川区 西野山区 穴伏区 名手市場区 名手西野区 後田区 那賀区 馬宿区 野上区 東川原区の一一区域
当名手八幡神社(『紀州名所図絵』には名手大明神社)は紀伊ノ国紀北御開拓の祖神、丹生津比売大神が御降臨なされた聖地であり古来より産土神として御奉斎されている。
神功皇后(第十四代 仲哀天皇の御后)が三韓征伐(新羅、高麗、百済の三国)の後、筑紫(現、福岡県)より御顗旋の途中、畏しこくも此の応神山に御幸啓なされ、当神社に御奉斎される神々に、筑紫の蚊田(現、福岡県糟屋郡宇見町)で御授けなられた後の第十五代応神天皇(別名、誉牟田別命)の御生誕を御奉告なされ、約3ヶ月間当山に御駐輦なされた(当山を応神山と称するのはこの由に依る。
)故により、その縁をもって誉牟田別命(第十五代応神天皇)を当社の主祭神として勧請しお奉斎している。
大鳥居の御額に「八幡神社」と有るが、この額は慶安元(1648)年子年紀州徳川家初代藩候徳川頼宣侯より奉納されたものである。
当神社は皇族方が熊野詣等御行幸啓の折、神功皇后がその昔当応神山に御駐輦なされた古事に依り、御旅所として定められ、第七十七代後白河法皇、第八十二代後鳥羽上皇、第九十六代後醍醐天皇の御行幸が有り、畏しこくも南北朝時代後醍醐天皇(1316~1339)が吉野(奈良県)に朝廷を開かれた折、当社に御行幸啓なされ、その砌り今日に至る迄中止されたことのない秋の例大祭に奉納される稚児の渡御式を起こされた。
今は絶へて久しいが、祭礼6月晦日には能の奉納が有り、役者は和州天の川(現、奈良県吉野郡天川)より来ていた。
又、8月15日には流鏑、馳馬が有り馬数は大抵百騎であったと伝へられている。
明治40年4月神饌幣帛料供進神社に指定される。
和歌山県神社庁 / 〒641-0022 和歌山市和歌浦南3-4-10 / 電話 073-446-5611
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