和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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八幡神社

八幡神社 はちまんじんじゃ

  • 田中 照巳
  • 〒649-6573
    紀の川市中鞆渕58番地
  • 0736-79-0021
  • (主祭神)応神天皇 仲哀天皇 比売大神 (配祀神)仁徳天皇 武内宿弥 天之御中主神 猿田彦命 事代主命 大山祇尊 品陀和気命 須佐之男命 天照皇大神 家都御子大神 伊弉諸尊 伊弉尊

若宮神社 高良神社 天神社 松戸神社 剱御前社 矢王神社 戒子神社 瘡神神社 今宮神社 厳島神社 八坂神社

10月15日

八幡縁起絵巻鼎(1個) 八幡宮文書(中世 130点)

沃懸地螺鈿金銅装神輿 附 神興奉送目録(国宝) 鞆渕八幡神社本殿 附 棟札8枚(国重文) 鞆渕八幡神社大日堂 附 厨子1基 (国重文)  木製椅子(1脚 県指定)  八幡三神像(県指定)

本殿(木造檜皮葺流造 20屐 摂社若宮神社(木造檜皮葺流造 8,5屐 高良神社(木造檜皮葺流造 8,5屐 矢王神社(木造檜皮葺流造 7,2屐 戒子神社(木造檜皮葺流造 2,4屐 大日堂(木造本瓦葺寄棟造 223屐 拝殿(木造銅板葺入母屋造 72,5屐 社務所(木造木瓦葺入母屋造 49,5屐 神輿庫(鉄筋コンクリート銅板葺流造 87,74屐 宝蔵庫(鉄筋コンクリート本瓦葺切妻造 34,08屐 神楽殿(木造本瓦葺入母屋造 16,81屐

72,600

紀の川市(上鞆渕・中鞆渕・下鞆渕)

鞆渕応神山の南麓、老杉古檜に囲まれた当神社は、古くより鞆渕荘の産土神として、信仰されてきた神社である。
創祀年代は未詳であるが、平安時代に石清水八幡宮より勧請され、その別宮として創建されたと思われる。
鞆渕は、寛弘5(1008)年にすでに石清水領となっていた。
鎌倉期の安貞2(1228)年、石清水八幡宮より当社へ神輿が送られている。
奉送目録もつけられ来歴が明らかで、数少ない平安期の神輿の中でも傑作である為、国宝に指定され鶴姫伝説と共に現在も人々に親しまれている。
弘安2(1279)年に遷宮が行われ本殿の外に摂社として、若宮社、高良社、武内社があり、神職として神主、大炊祢宜、若宮神主、権祢宜、神人がいたことが記録されている。
この神人らは、百姓と結束し、荘官の下司、公文と対立し斗争している。
元弘3(1333)年、後醍醐天皇の勅裁により、当地は高野山領となるが、百姓らは、下司・公文や高野山に抵抗し室町時代にかけ、度々に激しい斗争を行った。
この斗争の中で、当神社は荘民の鎮守として信仰され、惣として団結する精神的支柱となっていった。
室町時代から、宮座が作られ、宮山も設けられた。
寛正3(1463)年には、社殿が造営され、現在の三間社流造の本殿が完成している。
棟札と共に国の重文指定。
江戸期には、本殿の外に、未社8、本地堂、御供所、舞台、神楽所、庁、宝蔵、神宮寺などあり、祭りの庁座の着座次第も厳しく定められていた。
また、高野街道沿いのため、多くの参詣人があった。
明治維新で、神宮寺は廃せられ、明治39年、村内の12社を合祀し大正12年に県社となっている。
祭りは、年に9回あったが、明治末より、春祭、秋祭の2回となり、幣帛供進、神興渡御、やぶさめ等行われていた。
現在は、正月元日、春祭、例祭、秋祭が行われている。
(例祭)
例祭には多くの氏子・崇敬者が参拝し、特に保育所、小・中学校の子供神輿、稚児行列で賑わっている。

写真情報

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