和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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春日神社

春日神社 かすがじんじゃ

  • 三木 茂
  • 〒649-6434
    紀の川市中三谷808番地
  • 0736-77-5706
  • (主祭神)健御賀豆智命 天児屋根命 (配祀神)経津主命 大日女命 天押雲命 天照皇大神

稲荷大神 弁財天大神 八幡大神 若宮王子社 八王子大神 須佐之男命

10月16日(10月第3日曜日)

神輿(1基) 鎧(1具) 古銭額

本殿(木造銅板葺流造 9屐 式殿(2社 木造銅板葺流造 18屐 拝殿(木造瓦葺切妻造 16屐 庁舎(木造瓦葺切妻造 64屐 宝物殿(土蔵 9屐 社務所(鉄筋コンクリート屋根木造瓦葺 90屐 一ノ鳥居(鉄筋コンクリート 10m) 二ノ鳥居(鉄筋コンクリート 7m) 洗心水(木造銅板葺)

1,600屐ゞ内山林50,000屐“地10,000屐仝耄構蝓ν敘匳蝓η肋2,000

紀の川市(豊田・登尾・批杷谷・東三谷・中三谷・西三谷・古和田・もみじヶ丘一部)

当神社は、紀泉山系の南斜面春日山の中腹に鎮座し、『紀伊続風土記』によれば、「池田荘十六箇村の産土神」として崇敬され、800余年の歴史をもつ。
現在の社殿は本殿を中に3社造り。
後堀河天皇の御代、貞応年間(1200年頃)にこの地を訪れた明恵上人が、南方2劼涼蓮糞貉庵小学校跡)に金剛寺を建立した際、その守護神として奈良三笠山の春日大社より勧請したことに由来する。
本殿・拝殿・庁舎・宝物殿・神饌殿の他に、当時は神楽所舞台などもあったといわれている。
明恵上人守護のため38人の従者が随行していたが、その中の1人神職として従った藤原宿彌秀詣の詠んだ和歌がある。
さを鹿の声も尊き神垣や 三笠をここに移す月かも
その後約400年間、戦さの神として、また勝運をもたらす神として近郷近在はもとより、遠く河内、摂津、大和、近江方面からも参拝に訪れた。
その後、天正13(1600)年頃豊臣秀吉が強大な勢力を誇った根来山を攻略した際、その延火のために社殿をはじめ多くの建物と宝物古文書等が悉く焼失した。
その後復興されたが、資金が充分でなかったため、5社あった社殿も3社となり、神楽殿・神輿殿などは再建されなかった。
それでも戦時中は池田村々社として武運長久を祈るため、参拝者は跡を断たなかったという。
昭和50年には、大型農道が境内の南端を横切ったため、朱塗りの第二鳥居が建立された。
また58年には社務所と宝物殿の改築、63年には拝殿と庁舎の改築がなされ、現在残っている古い建物は本殿だけである。
(社叢)
ここ数年来の境内及びその周辺の樹木形態は大きく変貌した。
かつては馬場の両側の、樹齢300年にも達する松の並木が神域の荘厳さを見せ、当神社のシンボルにもなっていた。
現在はこれに替わった桜並木が美しい姿を見せ、境内周辺の椎・樫などの広葉樹と共に、昔のうっそうとした雰囲気を取り戻しつつある。
さらに時々聞こえるホトトギスの声が往時を偲ばせてくれる。
社殿を望む500m南の丘にある御旅所は、眼下に広大な紀の川平野が眺められ、近くに史跡もあるため訪れる人は多い。
また社殿背後の春日山中腹には、春日城跡があり謎を秘めた雰囲気がただよう。
(例祭)
昭和30年代までは、秋の例大祭には約200mの馬場で、恒例の田舎競馬が奉納され、県内各地から百頭余の馬が集まり、大変な賑わいを見せた。
戦勝祈願の神社ということから、例祭当日の直会には「桜」(馬肉)を食すという習慣があったが、ある年の競技中に、馬同士の衝突死という大事故があってからは、この風習は廃止された。
なお、この田舎競馬(うまかけ)も諸般の事情から昭和35年以降、行われていない。

写真情報

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