和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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大國主神社

大國主神社 おおくにぬしじんじゃ

  • 山本 幸泰
  • 〒640-0411
    紀の川市貴志川町国主1番地
  • 0736-70-2293
  • (主祭神)天照皇大神 大國主命 少名毘古那命 (合祀神)権大神

市杵島比売大神

春4月3日 秋10月3日

大飯盛物奉納神事

大御輿(1台) 大飯盛物祭礼絵巻 貴志荘権大神伝記板 大相撲勧進元記板 大相撲番附板(2枚) 奉納百句集板額

大飯盛絵巻祭礼図(市指定) 権大神像(市指定民俗文化財)  神舞殿(市指定民俗文化財)

本殿(木造檜葺3間流造 29,97屐 拝殿・神舞殿(木造瓦葺高床式舞台造 39,6屐 神輿庫(鉄筋コンクリート造 13,2屐 手洗舎(木造瓦葺 4,95屐 社務所(木造入母屋造平屋 85,17屐 一ノ鳥居(石造明神鳥居) 二ノ鳥居(硬質ビニール明神鳥居)

9,190屐ゞ内山林 26,572

貴志川町大字 神戸 国主 国主台 前田 尼寺 上野山

貴志川左岸にある陽向山に鎮座、通称(おくにっさん)と呼ばれ、古くは14箇村の産土大神、『続風土記』によれば八十神等の危難から逃れ、五十猛命のもとえ赴こうとした。
大国主命が当地を訪れたことを由緒として、祀ったに始まるという。
又『旧舊記』によると嵯峨天皇が神のお告げによって、弘仁9(818)年当神社を御造営になり畏くも遥々行幸あそばされて、境内に白槇をお手植えになったと伝えられている。
淳和天皇の天長3(826)年の夏、大旱あって諸国庶民は困苦に悩める由、天聴に達し、天皇は当神社に御勅使差遣あって御勅祭を行わせられたが、霊験あらたかにして忽ち、豪雨沛然として至り万民を御救い下さった奇瑞あって以来、一層崇敬も深くなり、社領300石を賜るに至った。
其の後、御鳥羽上皇も熊野行幸の御砌御鳳輦を此所に寄されたとも伝えられている。
又、建久の頃源頼朝も深く尊信あって社殿再建の下知あり同6(1195)年御造営なったと『東鑑』に記されている。
神田の寄進などあった事が今も、当地方の字名に留めている。
昔その祭祀の盛だった事がよく知られているが戦国時代になって々兵燹に罹り社殿も記録も悉く烏有に帰し詳しい由緒も沿革もたずぬる由なく、神社の規模も亦漸く小さくなって今日に及んでいる。
御鳥羽上皇のお歌「ふたまたや 又二股の川中に しるしの鳥帽子われは立ておく」
(社叢)
神社の境内は全く俗塵を離れた陽向山という小山にあって芝生あり丘あり谷あり古杉・檜等生い茂り蒼苔滑かに地に蒸して神さびた中に春は櫻の花匂ひ秋は紅葉の錦織る雅趣豊かな神域となっている。
特に其の脚下を繞くる貴志川は湛えて国主渕となり幾多の伝説と神秘を蔵している。
(例祭)
寛文年間より續いた大飯盛物奉納神事は特異奇祭として世に有名で神事に用いた米10俵大飯は運勢餅、厄除団子、大黒餅などといって珍重がられている。
昭和10年以降戦争などのため中断し、その後46年振りの昭和56年に復活し、平成五5年と平成17年に古式豊かに執り行なわれた(毎年では多額の費用と日数を費やすので10年に1度位)。
平年は祭典後御殿より300m離れた御旅所までみこし渡御、帰りて後各字より奉納された餅で大投餅をして終了。

写真情報

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