和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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貴志川八幡宮

貴志川八幡宮 きしがわはちまんぐう

  • 田村 博
  • 〒640-0405
    紀の川市貴志川町岸宮1124番地の1
  • 0736-64-8618
  • (主祭神)品陀和気命 息長足比賣命 玉依姫命 (配祀神)三筒男神 菅原道真命 子安神 玉垂神 宇賀神 大雷神 国常立神 星神 大国主神 須佐之男命 天照皇大神 豊受神 天児屋根命 外一一神

春日神社 妙見神社 田村神社 天満神社 塞ノ神神社

伏神神社(長原鎮座)

4月3日 10月3日(10月3日以後最初の土曜日)

本殿(木造銅板葺流造 20屐 幣殿(木造銅板葺切妻造 8屐 拝殿(木造銅板葺入母屋造 38屐 御輿庫(木造寄棟瓦葺造 9屐 休憩所(鉄筋コンクリート瓦葺切妻造 54屐 社務所(木造瓦葺入母屋造 48屐 一ノ鳥居(石造八幡鳥居)

境内.御旅所.山林 約16,540峩外地 中の宮祭祀跡地 434

貴志川町(岸宮・鳥居・長原・長山・長山団地)

当宮は、八幡三座を主祭神とし、古の貴志の荘一帯の産土の総社である。
康平6(1063)年に創建された、海波の峯、今の鳩羽山頂に、巨巖5.5mの、原始信仰の形態あり(奥の宮)と言う。
25年経て(中の宮)にて祭祀の後、750年を経て現在地に遷し、850年を経て明治39(1906)年社殿造営、現在の八幡宮である。
古記によれば、上古神功皇后筑紫より御凱旋の御時皇子と共に、御船にて、名草郡柏原の郷に着かせ給ひ、(柏原の郷は今の安原村に在り)夫より御上陸ありて小竹の郷に遷らせ給う時(小竹の郷は今の長田の荘志野村に在り)、御駐蹕なされし旧跡なり。
康平6(1063)年、大和国、宇智郡坂合荘に阪上法兼という者があり常に八幡宮を尊信して、老年に及んで神託をうけ、中秋の頃ある夜一道の光明閃閃として、南の方より輝き、法国・法實の2人の男子に命じて、光について其の基を探らすに、此の地の山中に光が消える。
法兼是れ則ち八幡宮の影向なりと速に里人を誘って、社殿を創設し遂にこの地に留って社司となる。
この時国司五条大納言より種々の珍宝を寄進せられ、四方50町に及ぶ神領を定められた。
其の四至は北は海波の峯、東は守山を限り(今の北山)塞ノ神地区、西は宇志谷(長山)大池あたり、南は財河を限り(貴志川)貴志川一帯の古代文化の中心となる。
天正(1590)の頃兵燹に罹り社殿・古文書悉く灰燼に帰し神領も没収せられ古の姿を失う。
慶長6(1601)年山名師氏再び社殿を建立す。
舊く傅わりし御湯釜の陽字の銘に、「蓮華八幡宮、大畠村孫六大夫、大永六(1526)年十二月十三日」とあり、往事より湯立神事があった。
『紀伊国名所図会』に「紀伊の国貴志の荘八幡宮領 蓮華宮村別當職井油田の事 相傅に任せ、神貴次郎法傅領掌 相違有る可ら不るの状件の如し」明徳三(1392)年十一月二十日 右は年中に大祭四度。
(大祭4度)
例祭10月17日、春祭(祈年祭)4月3日、夏祭8月15日、冬祭(新嘗祭)12月13日
其の他、年中恒例祭11回。
8月13日〜15日の夏祭の神事の時は、7月晦日の夜、忌串標挿あり、これより祭日まで四至の内殺生を禁じ荘中にて死するものあれば、他荘へ移し葬るを例とす、神主1人 社人5人 巫女2人 下司1人 公文1人 番頭12人と記されている。
(祭臓
誠に優美盛大で 神事(馬かけ・流鏑馬・能楽・御輿渡御・若衆大幟上げ等)の神賑行事があった。

写真情報

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