和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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岩倉神社

岩倉神社 いわくらじんじゃ

  • 〒643-0366
    有田郡有田川町大字粟生742番地
  • 丹生津比咩命 稚産霊神 埴山姫神 彌都波能賣神

天照大神社 八幡神社 櫻木熊野神社(以上3社は、昭和28年大水害により流失、復興予定)

10月15日

葵御紋章 箱棟 銅製鰐口(この外、大般若経全巻、唐筆十六善神画像1幅、宗吉劔1振、古文書等多数保持していたが、長享2年洪水、元和2年火災、昭和28年大水害により殆ど燒流失したといわれている)

本殿(木造銅板葺 22,36㎡) 拝殿(木造銅板葺 21,2㎡) 社務所(木造瓦葺 30㎡) 御輿庫(鉄骨造スレート葺 25㎡) 一の鳥居(石造) 二の鳥居(木造)

境内山林 25,000㎡ 飛地境内地1,000㎡

有田川町大字(粟生)(岩野川・川口・谷)

神亀4(727)年粟生村岩倉山に金幣を勧進し、聖武天皇大明神と称え奉祀する。
弘仁7(816)年弘法大師が諸国を周遊し霊地探検の折、應神山に護摩修行する清浄霊地を見つけ、自ら大日尊1駆を彫り草堂を造り安置、丹生・高野両宮と摩利支天を勧請して岩倉大明神と名づけ、粟生・岩野川・川口・谷の4箇村民の産土神として祀る。
社頭に高さ48m、周り150mの巖がありこれが社名の起源という。
元弘年中、護良親王が大和十津川を経て熊野に潜行の時、当社の神徳を伝聞され、3日間宿陣して幣帛を下賜されたといわれている。
歴應年中、後醍醐帝吉野に皇居の時、明神の霊威が天皇に伝わり、社領50石と殺生禁断の制礼を下賜される。
後、長享2(1488)年には洪水で本社殿・拝殿・宝庫等殆ど流失するも御神体は約1㎞下流の岩間に停り、神主岩橋才治源が拾い上げ家に祀り、10年後の明應7(1498)年社を上山(現在、岩倉神社有地で若宮社の所)に建て鎮座していたところ40年後、畠山家臣富矢(鳥屋)城主神保三河守が由緒霊験の顕著なるを知り、私財を出し元通りに社を築き上げ、荘田山林を寄附され社領となるも天正年中根来僧徒一揆騒動の際、神人らが加勢したことを将軍秀吉が聞き、罰として荘田悉く没収されたという。
天文10(1541)年には聖武天皇大明神を岩倉山に移し、丹生・高野の両宮と共に岩倉神社と改称する。
又、元和2(1616)年火災により神主家・神庫等を焼失する。
元和5(1619)年には紀伊大納言頼宣公が参拝され、葵の御紋章と箱棟を奉納された(現存)。
現在の神殿は宝永4(1707)年に建立したものである。
明治6年村社及び同40年と同41年に亘り摂社12社(粟生7、川口2、谷3)を岩倉神社に合祀する。
昭和28年大水害により本殿外部を残すのみで全部流失、後、本殿を裏山の10m高所に遷宮した。
御神体は20㎞下流の有田川町田殿で発見、迎遷し奉祀している。
(社叢)
社殿は杉檜の古木に囲まれ、前下方には有田川の清らかな流れ、巖が聳え立ち、山紫水明の地である。
(例祭)
例祭は宮司、氏子総代、4箇大字区長、有志らを合わせ15人が出社し齋行する。
神脹行事は、神事、笛太鼓(山車4台)獅子舞、若衆馬的打、御輿渡行などいづれも華やかに執り行い「あおまつり」として有名。

写真情報

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