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石尾神社

石尾神社 こくおじんじゃ

  • 大森 伸也
  • 〒649-1221
    日高郡日高町大字志賀字石尾3638
  • 0738-22-4563
  • (主祭神)國常立命 (配祀神)伏義 神農 黄帝の神

妙見社

7月17日 11月26日

本殿(木造流造造板葺 3,3屐 拝殿(木造唐破風造瓦葺 3,3屐 長床(木造寄棟造瓦葺 3,3屐 鳥居(石造 明神鳥居 1基) 鞘殿(木造切妻瓦葺 6,0屐

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日高町志賀字石尾地区

石尾神社は往古、伏義・神農黄帝社と妙見社との2社が祀られていた。
『紀伊続風土記』に「上志賀村 伏義 神農 黄帝社 本社 三社 末社 妙見社 長床 村の北にあり 当村及び久志村の氏神なり 勧請」。
時代祥ならず、按するに「続日本紀」〈延暦10(791)年〉「断伊勢云云紀伊等国百姓殺牛用祭漢神とあるは是等の神なるへし 往古漢神鎮座の地多くありけむに或は廃し、或は神名を唱へ誤りて今に至りては其伝絶えたるならんを、当社たまたま其神名を残せるならむ 昔年矢田壮吉田村大野氏当社に祈りて一男子を得たる時三帝の画像三軸を奉納す 数年の後、村中川瀬氏三帝の像を刻み奉納せし記あり」と記されている。
漢神とは『神道大辞典』より「漢神 往時支那から輸入せられた俗信仰の神、牛馬を殺し之を牲として祭る、『日本紀』皇極天皇の元年7月大旱の時に、[随二村々祝所]教、或殺牛馬祭諸社神とあるのも、其の漢神牲祀の影響である、更に[日本霊異記]の記す所に依ると聖武天皇の御代に攝津國の長者某は、漢神の崇を免れんが為に毎年1頭づつの牛を殺してそれが7年間に亙ったがね却って重病を得たとある、斯の始くして、迷信止む時がなかったので、桓武天皇の延暦10年9月、令を発して伊勢、尾張、紀伊等諸國の百姓に、牛を殺して漢神を祀る風習を厳重に禁断された」。
明治27年日清戦争が始まってから漢神を祀ることを嫌い廃神とし、摂社の妙見(顕)社の社(神)号を用いるようになったが、明治41年神社合祀の令によって志賀王子神社に合祀し、社殿を取り壊した。
昭和2年遙拝所を建て、石尾神社と改め、昭和20年7月独立した神社となった。
伏義・神農・黄帝、の3像は日高町公民館に安置していたが、昭和58年12月、石尾神社に配祀神として合祀した。
(例祭)
7月第1日曜日に夏祭、12月第1日曜日に冬祭が齋行されるが、氏子全員が参列し、神殿式の後投餅、直会と続き、氏子の方々が和気藹藹と神人合一の素朴なお祭りである。

写真情報

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