和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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沙雙神社 

沙雙神社  さそうじんじゃ

  • 大森 伸也
  • 〒649-1221
    日高郡日高町大字志賀字名草4001
  • 0738-22-4563
  • 沙雙大神

7月26日 11月16日

本殿(木造流造瓦葺 6,0屐 鞘殿(木造切妻造瓦葺 12屐

平地 350屐〇確咫2,145

日高町大字志賀字柏地区

志賀王子勧請のとき棹とし来れる人を祀るにより棹さし明神という。
他所(不明であるが出雲族ともいう)より移動して来た一族が柏の地に着き滞りしも、土地が狭きため一部は坂を越えて志賀谷に移り、一部が滞って柏の先祖となった人々を齋き祀った社といわれる。
『紀伊続風土記』には「沙雙明神社本社 末社二社 長床 村中にあり傅へいふ下志賀村の王子権現を舟にて勧請のとき、棹さして来れる人を祭るに依りて土人棹とし、明神ともいふ、亦、沙雙はさしさをの義なりといふ(沙はさしの下畧雙は音をさをにかりたるならむ)接するに此傳もし応神天皇の御舟着岸のことなどを傳へ誤れるにや猶考ふへしとあり(日高沿岸には応神天皇着岸の故事伝説が多い)」。
『続日高郡誌』には「当社の北西方の部落で鎌倉時代の和鏡、経壷(柏経塚)が出土しているが、これは当社との関係が深いものと思われる」とある。
この事は、海路熊野参詣の人々が相より志賀へ回る間道であったか、比井へ上陸すべきところ柏へ着いたとも考えられる。
又、柏の東北方には由良町阿戸の集落があり、ここは出雲族の上陸地といわれ、氏神の国主神社(祭神大国主命)が祀られていた(現在は宇佐八幡神社に合祀)。
阿戸出身の井原勲氏(阿戸散策の著者)の説によれば、出雲地方の地形、地名、古文書から推測して出雲の河下(島根県平田市河下町)でないかと述べておられる。
そして、その渡来の時期を今から850年前大治年間と推測している。
何れにせよ、和歌山県の沿岸部は古代より出雲族(古くは大神族)の移住が多く、地名・地形等もかの地とも共通した所が多い(柏も又由良町の一部であった時がある)。
神社の祭神も天孫系と異なり、出雲系の祭神も多いのである。
明治40(1907一)年神社合祀令によって近辺15社と共に志賀王子神社に合祀され、社殿がとりこわされ宅地となったが、集落の人々の熱い敬神の念と心のよりどころの中心として氏神の祭祀をという希望で、昭和20(1945)年7月1日新たに神殿を建て合祀された、神霊を迎えて沙雙神社として独立した。

写真情報

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