和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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宇佐八幡神社

宇佐八幡神社 うさはちまんじんじゃ

  • 上山 智久
  • 〒649-1111
    日高郡由良町大字里169番地
  • 0738-65-2784
  • (主祭神)八幡大神 住吉三神 大国主神  (配祀神)天児屋根命 蛭子神  大日孁尊 大己貴神 皇大神  迦具土神 金山彦神 大将軍神  菅原道真公 市杵島姫神 国常立尊  大山祇神 高皇産霊神 倉稲魂神  須佐之男神 建御雷之男神

稲荷神社 三社神社 大事宮

10月17日(10月第3日曜日)

お弓神事(10月17日) 小麦御膳(7月31日)

社号扁額(伝・法燈国師筆) 宝鏡(1面 願性・葛山五郎景倫遺付) 古狛犬(1対) 祭礼御舟 湯立釜 棟札(30面) 国主大神御神徳記

横浜の獅子舞・阿戸の獅子舞(県指定無形民俗文化財)

本殿(木造銅板葺流造 16,2屐〇以0,8m掾付 明和3[1766]年建立) 式殿(木造瓦葺入母屋造 21,8屐〇以0,8m掾付 大正6年建立) 拝所(木造瓦葺切妻造 4,8屐 神輿庫(木造瓦葺切妻造 36屐‐赦54年建立) 社務所(木造瓦葺入母屋造 102,6屐‐赦39年建立) 手水舎(木造切妻造 6,6屐‐赦50年建立) 一ノ鳥居(石造八幡鳥居 天保6巳未年建立) お旅所鳥居(鉄筋コンクリート八幡鳥居 昭和56年建立)

3,235屐ゞ内山林2,919屐‖膸宮境内210屐,旅所993.43

由良町(畑・中・門前・里・横浜・南・阿戸・網代・江ノ駒)

当神社は、『紀伊続風土記』に「当神社は応神天皇御由緒の地なれば立てしならむ、宇佐八幡と唱ふるは社を横浜に遷座せしとき宇佐の式をとりしより起りしならむ」とある。
また、『専寺文書』(『由良町誌史(資)料編』)には、「宇佐八幡宮勧請永仁四(1296)年丙申十一月里村名古芝より此地に御鎮座 此御神之由縁を尋ルニ神崎山之裳鰐淵より上らせ玉ふ古副彦太夫御供申武田之段御在座ませませしか正治二丑之(1200)年より廿三年目貞応元(1222)年亥夏名古之芝ニ移せ玉ひ竹田重之右衛門代々御給仕 夫より横浜簾山の麓ニ移らせ御鎮座在候則永仁四年申十一月…(中略)…八幡宮勧請神主坂上実綱則興国寺家老職生国九州とかや…(中略)…八幡宮御旧地 鰐ヶ淵、竹田城段、名古芝、和波焼、桧木段 回船畑、平石、網掛…(以下略)」とあり。
往古、神崎山の裳鰐淵(古伝によれば平石といわれる)より上らせ給ふと記されているが、この地は応神天皇の御上陸の地とも言われるからで、その後、御遷座を重ねて現在地の網掛(渚の森)に鎮座したのである(平石鎮遷の時、この地に祀られていた住吉三神を併祀した)。
『法燈国師年譜』には、「建治二(1276)年十二月七日に浜宮奉遷神体ヲ於新宮ニ之次、師将テ願性遺付宝鏡一面ヲ、納干神殿ニ…」とある。
その後、湯川氏(亀山城主)の崇敬厚く、一族湯川紋右エ門等の宮地寄進をうけ、社殿境内山林御旅所、馬場も宏壮、本社勧請にかかる土豪坂上氏が代々神主として奉仕し四時の祭礼、日々の神事も盛大厳粛に斎行された。
坂上氏も明治初年迄、神職として神勤した。
明治41年村内の小祠を合祀し、43年阿戸、網代、江ノ駒の氏神で大国主命を奉斎する村社國主神社を合祀した。
(例祭)
祭礼にあたり、横浜の王仁、和仁が古式に則り、里のお弓をお迎えし、祭事を行う。
神幸も古例の随に湯川氏が大榊、名古氏か古曽氏が御舟、阿戸が国主大神神徳記を奉持し、網代が金幣を奉持する。
祭礼の屋形は勇壮で現在(6区)6台の屋台に、子供屋台、神輿等が付き、屋形につき物の獅子舞も勇壮、優美で各区で舞様が異なり、一名「ゆらの獅子舞祭」「屋形祭」と云われ、近在に有名である。

写真情報

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