和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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下阿田木神社

下阿田木神社 しもあたぎじんじゃ

  • 西川 秀人
  • 〒644-1212
    日高郡日高川町大字皆瀬302番地
  • 0738-56-0207
  • (主祭神)伊弉諾命 伊弉冉命  (配祀神)火結神 速玉之男命  事代主命 櫛御氣野命  (合祀神)住吉神 譽田別命 天照大神  大物主命 丹生都比賣神  天兒屋根命 金山彦命 熊野神  藏王神 市杵島姫命 河内神  素盞鳴尊 瀬織津比賣命  級長津彦神 表筒男命  中筒男命 底筒男命

天神社

1月3日 10月14日

お弓神事(1月3日)

縁起(1巻) 縁起翼考(2巻) 五部大乗経(231巻) 殺生禁断証文(1通)

本殿(1棟 棟札付 県指定文化財) 神像(10軀 県指定文化財) お弓神事(県指定無形文化財)

第一殿(本殿 木造板葺向造 23,76屐〔畋け須屋萓葺 67,65屐 第二殿(木造銅板葺流造 44,55屐 第三殿(木造板葺向造 22,11屐〔畋け須屋萓葺 51,88屐 天神社(木造板葺流造 0,99屐〔畋け須屋萓葺 5,28屐 社務所(木造瓦葺 49,5屐 一ノ鳥居(鉄筋コンクリート造 高6m巾5m) 二ノ鳥居(鉄筋コンクリート造、高5m巾4m) 靖國鳥居  石燈篭(11基) 高麗犬(木造 2基)

11,457屐ゞ外山林 20,687

(日高川町)川原河 皆瀬 阿田木 彌谷 打尾 上越方 下越方 愛川 李 姉子 原日浦 平岩 大字七部落小字五部落

当社御創立の由来は、『神社明細帳』の所載の如く、延喜22(922)年熊野権現を新宮村より日高郡寒川村(現在の日高川町)寒川御社ノ原に勧請し、愛徳山六所権現と称して齋き祀る。
其れより7ケ年の後、延長6(928)年、阿田木ノ原(現在の上阿田木神社)に遷し祀る。
其の後164年を経て、寛治5(1091)年、巾子形ノ原(現在の越方)に遷座し、後18年を経て、天仁元(1108)年戊子2月13日更に、糸尾の宮(現在の下阿田木神社)に遷座、鎮祀して現在に至る。
(御祭神)
御創立当時の御祭神は、伊弉諾尊、伊弉冉尊、火結神、速玉之男命、事代主命、櫛御氣野命、6柱を六所権現と称して鎮祀す。
明治10年以来、神社合祀に仍り、現在、伊弉諾尊以下23柱の神を奉齋す。
(社名の由来)
当社創立当時の社名を糸尾の宮と称す。
糸尾とは、(行向)の転化したる詞なり。
則ち(天仁元年)巾子形ノ原より御遷幸の際、御神託有て、今一時路(行向)との神様の御言葉より出たる名称なり云々とあり。
其の後、愛徳山六所権現と改称す。
明治初年、神佛分離の際、権現号を廃して現在の如く、阿田木神社となり、上に(初湯川)上阿田木神社あるに対し、当社を(下阿田木神社)と称す。
(社殿の沿革)
当社は元、六所権現と称し6社殿を有せしが、享保以前、大破して現況の如く3社殿と天神社との4社殿となる。
第一殿を證誠殿、第二殿を西御殿、第三殿を東御殿と称す。
当社、別當寺の記録によれば「昔日の建物は、実に、宏大壮麗の社殿にして、本殿、西殿、東殿、共に何れも、六間四面とあり、御造営は、國主様よりとも、又、氏子百姓よりとも両説あり、第一殿は、宝徳三年七月、第二殿は、延享三年五月、第三殿は、明徳三年五月、天神社は、嘉永六年、の御改築なり」。
(境内地の沿革)
天仁元年2月1日、此の地を撰びて神地となす、延享2年の記録によれば境内18間四方とあり、現在の当社境内地は11,457屐∋確喀衢地は20,687屬鰺す。
(社格)
明治6年(村社)、大正14年10月12日、神饌幣帛料指定神社、となる。

写真情報

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