和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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八幡神社(東岩代)

八幡神社(東岩代) はちまんじんじゃ(ひがしいわしろ)

  • 丸山 博士
  • 〒645-0013
    日高郡みなべ町東岩代久保561
  • 0739-84-3023
  • (主祭神)天照大神 誉田別命 春日大神  (配祇神)中筒男命 菅原道真公  伊邪那伎命 仲哀天皇 保食神  倉稲魂命 八衛比古神  八衛比売神 竈戸神

住吉神社 伊邪那伎神社 王子神社 八衛比古神社 稲荷神社

天神社(東岩代木場64鎮座)

10月4日(「体育の日」の前日)

松明行事(住吉祭 7月31日夜)

岩代の子踊り(県指定無形文化財 神よさいさめの子踊り・手習いの子踊り・万歳踊り・奴踊り 慶長の頃、狂言などが奉納されていたが元禄時代から今日の踊りが五穀豊穣を祈願して奉納されるようになる) 楠の木(町指定文化財) 棟札(町指定文化財)

本殿(神明造 7,4屐 拝殿(16,5屐 住吉社(3,3屐 伊邪那伎社(3,3屐 王子社(1,6屐 八衛比古神社(1,6屐 稲荷社(6屐 長床(66屐 庁舎(26,4屐 神饌所及び社務所(38屐

2,072

東岩代(久木・中根・中村・浜)

古来の伝承によると、当社は現在地の約4凖豐簑綫邵脳緡、旧南部川村、印南町との境界に近い小字神出に鎮座していた。
中古(年代不明)に現在地の東南約300mの小字古茂谷の山腹に遷座、桜の宮と称した。
その後(年代不明あるいは大宝年間かという)現在地の小字宮ノ久保に遷座した。
当社境内に藤の大木があったことから「藤の森」とか、水田地帯の森の中に社殿があったことから「田中の森」(小字宮ノ久保の北側が小字田中になる)と称した。
当社は、日高地方の神社の中でも最古の棟札と、多くの棟札の残る神社である。
最古の棟札は、南北朝時代の正平22(1376)年の棟札にはじまり、大栄3(1523)年、天文3(1534)年、天文12(1543)年、永禄3(1560)年、元亀2(1571)年、天正10(1580)年と、中世の棟札だけで7枚残っている。
これらの棟札には地頭の名前が記されていることから、岩代荘の地頭中心に尊崇されていたと考えられる。
明治6(1873)年4月、東岩代村村社に列格され、明治40(1907)年4月1日、神饌料幣帛料供進神社に指定された。
明治41(1908)年から43(1910)年にかけて、東岩代村内の小社を合祀した。
(合祀された神社)
大神社(大将軍社)・みなべ町東岩代羽山930の1(祭神・天照大神)。
土地の人からダイジゴウ(大地郷)さんと呼ばれている神社である。
一般的に大将軍社の祭神は土地の支配者が多い。
中世の支配者であった岩代氏の居住地が、当社の西北約200mの地主であったといわれることから、当社の祭神が岩代氏であっても不思議ではないが、明治41年以後天照大神となっている。
稲荷神社・みなべ町東岩代木場64(祭神・倉稲魂命)。
文政5(1822)年に京都伏見稲荷より勧請したと伝えられる。
明治41年合祀され、現在は東岩代八幡神社本殿の左側に他の末社と別に祀られている。
天神社・みなべ町東岩代木場64(祭神・菅原道真)。
東岩代浜にあり、大栄5(1525)年の棟札等、数枚の棟札が残っている。
明治41年10月、境内神社である住吉神社に合祀した。
しかし、その年に災害や不作があったため神の祟りと思い、社殿はそのまま残され現在に至る。
参考文献『南部町史』

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