和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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王子神社

王子神社 おおじじんじゃ

  • 古久保 明孝
  • 〒649-1527
    日高郡印南町大字島田2916番地
  • 0739-78-0010
  • 市杵島姫命 蛭子神 午頭天皇(素戔鳴命) 不詳三座

足ノ宮神社 金比羅神社 蛭子神社

10月18日

本殿(木造銅瓦葺流造 7,2屐 拝殿(木造瓦葺唐破風造 15屐 神輿庫(鉄筋コンクリート造切妻造 12屐 長床(木造瓦葺唐破風造 40屐 社務所(木造瓦葺唐破風造 84屐 一ノ鳥居(鉄筋コンクリート造鹿島鳥居)

1,200屐ゞ内山林150屐“地境内地3,700

印南町島田

熊野九十九王子社の一つで、御幸当時は、往時の熊野街道(現在はイロハ坂)中山の王子ケ谷の周辺に鎮座。
熊野三山に参詣の途次又は帰途、人々の憩いの場所として賑わったであろう。
建仁元(1201)年『後鳥羽上皇御幸記』に「超 山参 切部中山ノ王子」とある。
社地が現在の地に移されたのは、いつのころか定かでないが「元禄十(1697)年中山王子權現奉造宮建立、切目村庄屋宮井太治兵衛謹白」という棟礼から見ても、江戸中期以前であることは確かである。
室町時代の初期、榎木ノ城主が御守護神として現地に遷宮したという説もある。
明治41年10月12日、雨森神社(上広見鎮座)・日吉神社(長谷谷鎮座)・金比羅神社(尾崎鎮座)・蛭子神社(浜松鎮座)・八阪神社(天王本鎮座)・金比羅神社(橋ケ谷鎮座)等を合祀し、現在に至っている。
また同時に、山伏神社(名杭鎮座)を移転し、末社として祀っている。
この山伏神社は、村山普氏の調べによると、今を去る370有余年前(江戸時代の初期)、河内の行者が諸國修行中、大和大峯山脈又は吉野群山で修練を重ねて居るとき、急に熊野山篭を思い付き、冷水飛び散る滝壺で潔身苦行幾十日かを重ねてようやく満行を迎え、喜び帰路についたが、名杭の谷に着いたとき、旅のつかれと寒さのために持病の足痛が増し、悲鳴を上げて七転八倒して苦しんでいるのを村人が発見した。
田舎のこととて薬も医者もなく、村人たちはたゞ見ているのみであった。
その行者は「医者がないのか、ないのなら私が足痛を治してやろう」と言い残して死んだ。
村人たちは、生前十分の看病が出来なかったお詫びに丁重に葬り、墓標を建てて杉の木を植えた。
死後数日を過ぎた頃、墓標は山吹色の黄金燭に輝き、村人等は驚いて、この行者の行徳をたたえて一祠を建て、行者の霊を祭ったと言い伝えられ、また効験あらたかで、明治の末期まで「山伏さん」と申していたが、いつの間にか足の宮と申すようになったというのである。

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