和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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稲荷神社(伊作田)

稲荷神社(伊作田) いなりじんじゃ(いさいだ)

  • 栗山 宣希
  • 〒646-0051
    田辺市稲成町1124番地
  • 0739-22-7606
  • (主祭神)倉稲魂神 稚産霊神 保食神 伊邪那美神 他2神  (配祀神)皇大神 大山咋命 地主神 天児屋根命 須佐男命 表筒男神 中筒男神 底筒男神 豊宇気比売命 息長帯姫命 市杵島姫命 木花開耶姫命

天照神社 日吉神社(糸田) 雛殿 若宮社 春日社 八坂・住吉・日吉(下村)神社

1月7日

粥占神事(2月二の午) 雛流神事(4月3日) 田植神事(5月5日) 鎮火神事(12月7日)

棟札(市指定) 粥占神事(市指定無形文化財) 田植神事(市指定無形文化財)

本殿(木造銅板葺流造 34,7屐 東脇殿(木造銅板葺流造 3,3屐 西脇殿(木造銅板葺流造 4,8屐 拝殿(木造銅板葺入母屋造 46,3屐 雛殿(鉄骨木造銅板葺切妻造 9,9屐 長床(木造瓦葺入母屋造 49,6屐 神饌所(木造銅板葺切妻造 9,9屐 社務所(木造瓦葺入母屋造 34,7屐 眺望殿(木造瓦葺切妻造 81,6屐 御手洗舎(ブロック造陸屋根 8屐 手水舎(木造瓦葺 2,5屐 収蔵庫(ブロック切妻造 4,4屐

4,060屐ゞ内山林33,989

谷 荒光 下村 糸田 むつみ

創立年代は不詳であるが、社伝によると鎮座は、弘法大師が熊野社参の弘仁年中(810―824)という。
紀伊続風土記は旧湊村(近世の田辺町紺屋町)の稲荷社を当地に移したと記す。
また神社明細帳は、神武天皇の御代の鎮座と記す。
いずれにせよ往古の創立を語るもので、崇敬されていた神社である。
室町時代、明応9(1500)年の棟札には「阿羅毘賀大明神」と記され、元亀年中(1570―1572)に稲荷大明神に改称、同2(1571)年の棟札に、初めて「稲荷大明神」の名がみえる。
文禄元(1592)年、朝鮮出兵に先立ち、当社に参詣した杉若越後守の息主が、家臣黒坂某を通じ社人に神殿の開扉を命じたが、社人は古くより開扉のことなしとしてこれを拒んだ。
黒坂が強いて開扉した所、たちまち盲目となったという。
また慶長10(1605)年、浅野左衛門佐が造船用に社木を伐ることを命じた。
社人は黒坂の例をあげて辞したが、伐採は強行された。
しかし、同年8月、この材木で造られた船が沖合で破船、左衛門佐は当地に松1,000本を植えて謝したという。
江戸時代を通じて伊作田、糸田、両村の産土神、寛文年中(1661―1673)龍神山の相論から龍山大権現を合祀し、熊野三所権現として本殿に相殿した。
明治元年の神仏分離の動きの中で、稲荷社、稲荷宮と改称、明治4年、稲荷神社と定めた。
同6年4月、村社となる。
同8年6月、村内の小社叢社(下村の日吉神社、谷の八坂神社、同所の住吉神社)を境内社の右脇殿に合祀。
また同11年3月、糸田の日吉神社に合祀されていた稲荷三神を合祀。
同40年4月には、一村一社の神社合祀令により、糸田の日吉神社と地主神社を境内社の左脇殿に合祀した。
(社叢)
境内林は人工林と天然林とからなり、保安林に指定されている。
大東亜戦争当時あった松の樹は、軍需用材として伐採された。
現在は大半がスギ・ヒノキの造林地で、うっそうとしていて、神社の尊厳を保たれている。
(例祭)
渡御、祭典、子供御輿、獅子神楽と斎行する。
「渡御」本殿より約450mの馬場先にある石の鳥居の処と、荒光参道にある石の鳥居の処の2箇所に御旅所を設ける。
祭典参列者は、祭典委員長を始め獅子宿、町内会長外、各種団体長等約60名により渡御の列を組み、馬場先の御旅所に至り、御旅所の神事を斎行し、次に荒光の御旅所に至り、お祓をし後還幸する。
「獅子神楽」谷、荒光、下村の3地区の青年により、獅子神楽を奉納する。

写真情報

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