和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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川上神社

川上神社 かわかみじんじゃ

  • 吉田 隆
  • 〒646-0001
    田辺市上秋津1509番地
  • 0739-22-0774
  • (主祭神)瀬織津比売神 速秋津比古神 速秋津比売神 他12神 (配祀神)天照大神 愛宕大明神 大山咋命 事代主命 須佐之男命 熊野夫須美神 速玉男神 伊邪那美神 家津御子神 水分神 倉稲魂神 少彦名命

日吉神社 八坂神社 熊野神社 若宮神社 稲荷神社

11月23日

御神像(16体、内女神像6体) 銅幣 真鍮幣 神璽

本殿(流造 19,8屐 拝殿(寄棟造 19,8屐 社務所(入母屋造 86屐 鳥居(明神鳥居 石造) 絵馬殿(59,5屐 手水舎(5,0屐

5,111

平野 岩内 河原 園原 杉ノ原 千鉢

当神社は会津川流域・奇絶峡口の左岸・字岡代に鎮座する。
元は、河上大明神・川上明神社とも云われた。
明治6年、村社に列し、同44年11月30日、神饌幣帛料供進社に指定され、一村の代表的神社となる。
当社勧請の年代について仁和2(886)年と天文16(1547)年の両説があるが、享保10(1725)年の書上に依れば「往音肥前国佐賀郡より勧請仕候由申傳候」とあるが、徳川末期に至る迄其の勧請年代の記録はない。
但し、古神職家の田中氏歴代の伝承する所によれば、天文16年(後奈良天皇の御代)野村氏が当村に来たりて定住すると同時に、肥前国佐賀郡より勧請して田中氏が神主となって3代、天保5〜6年に尤之助が其の勧請の祝詞を紛失したと伝えられる。
然るに明治13年、神社明細帳には勧請年代を仁和2(886)年と記しているが、古書によるべき処もない。
明治元年迄、当社の祭礼に際して、古社に対する儀式として、下秋津村の3社へ奉幣したが、其の3社内の1社、大西大悲寮権現は天文元(1532)年の頃より大西の産土神たりしと云う所より推察する時、当社は天文16(1547)年の勧請と見るのが実際に近いと思われる。
当神社の当初の鎮座地は衛門平であったが、元和6(1620)年、延宝4(1676)年、正徳5(1715)年の大水による流失、享保19(1734)年5月の山崩れによる損壊、宝歴4(1754)年7月の大雨による流失等、度々の災害のために宝歴13(1763)年、現在地に奉鎮された。
明治元年の神仏分離令で、社名を川上神社と改称した。
明治10年10月、村内の神社を合祀したが、同22年、26年の大洪水後、合祀の村内神社をそれぞれの旧社地に復祀した。
(例祭)
古くは流鏑馬の行事を行い、又、明治22年頃迄は競馬も行なわれたが、今は途絶えて神社横に残る馬場が往時の名残りを留めている。
例祭当日は、正午から佐古谷地区に鎮座する磐上神社で祭典準備をし、川上神社迄の約2劼瞭擦鯏聾罎垢襦
午後1時30分頃宮入りをし、例祭式典を執り行い獅、子神楽が奉納される。
この後、投餅があり行事は全て終る。

写真情報

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