和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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住吉神社

住吉神社 すみよしじんじゃ

  • 岩見 洋二
  • 〒649-1431
    田辺市中辺路町小松原123番地の2
  • 0739-64-0882(岡宗正)
  • (主祭神)表筒男命 中筒男命 底筒男命 (配祀神)春日神社(天児屋根命) 祇園社(素盞鳴尊)

西氏社(西四郎=西氏遠縁)

10月第2日曜日

獅子舞 御日待ち祭(7月15日前後の休日)

棟札〈永享2(1429)年・永禄13(1570・元亀元)年・元和元(1615)年・萬冶3年・萬冶5年・元禄2年・宝暦6年・寛政6年・文政11年・嘉永4年・明治6年等十数枚〉

大杉(樹齢700年以上 町文化指定樹天然記念物)

本殿(春日造) 拝殿(入母屋造) 社務所(切妻造)

1、223

小松原

勧請の年代は詳でない。
江戸時代には社名を住吉大明神と言われていたが、明治元年に住吉神社と改めた。
明治6年4月、村社になる。
同10年8月、村内の小社に祀れる神の中津日子神・誉田別神・息長帯姫神・誉田別神・志多加伊神5神を合祀した。
当社現在住吉明神社を主座として祭祀されているが、古くは春日明神を主神として祭祀されていたと伝える。
永享2(1430)年の木札に「是迄春日神社御祭、本宮春日大明神、この時住吉神社御祭替え永享二稔庚戌九月九日」と記されていて、約560年程前、これまでの春日明神に変わって住吉明神が祀られたことは分かるのであるが、住吉神社より古い春日神社の年次については明らかではない。
或いは、末社西氏社に関する伝承から推測するに、南北朝初期の元弘・延元のころの勧請もありうると考えられる。
摂社祇園社は、同所保存の造営の棟札に「宝暦六(1756)年霜月吉日京祇園社勧請」、更に1枚に「宝暦六子年」と祭祀の年代がある。
摂社春日社について、前述のごとく本字仏である神体台座及び保存の札に室町時代初期の永享の年号があり、小松原祭祀はそれよりさらに古い時代と伝える。
末社西氏社について、紀伊風土記に「末社西氏の社、祀神詳ならず、温川村山本某の紀文に大塔宮十津川落の時、西四郎と云うもの供奉して後温川に住すと云う、其縁ある神にや」と記している。
また小松原西氏社の現在の社殿は、昭和10年、住吉神社の本殿、摂社2社造営の時、旧本殿建物をそのまま現在地に移遷したのであると考えられる。
元禄7(1694)年『田辺領神社改』住吉大明神牟郡栗栖川庄小松原村「一、往古より有来所之産宮ニ而御座候縁起旧記無御座候故勧請之時代知不申候、一、社内山年貢無御座候、一、社領無之山林少々御座候、一、神主無御座百姓一年代り社役相勤申候 庄屋甚兵衛」。
享保10(1725)年『田辺領神社改』住吉大明神牟郡栗栖川庄小松原村「一、祭礼九月九日、一、縁起記録無御座候故勧請之時代知不申候往古より有来所之産宮ニ御座候、一、寄付状宝物書附申伝無御座候、一、社領無御座候、一、山林少々御座候、一、社内山年貢無御座候、一、神主無御座候 庄屋儀作」。
寛政4(1792)年『田辺領神社書上』住吉大明神牟郡栗栖川庄小松原村「但建前 前三尺八寸 横三尺五寸、一、御神体 木像 御尺四寸右ニ鈴 左ニ玉御持御座候、一、勧請の時代知不申候 往古より所之産宮ニ而御座候、一、拝殿建前 二間四方、一、社領無御座候、一、社僧社人無御座候 百姓一人一年替り社役相勤申候、一、境内山ニ而年貢無御座候 但二十間四方、一、山林少々御座候、一、殺生禁御証文無御座候 支配人 柳助」。

写真情報

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