和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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春日神社

春日神社 かすがじんじゃ

  • 岩見 洋二
  • 〒646-1433
    田辺市中辺路町大川686番地
  • 0739-64-1458(森本 昭)
  • (主祭神)天児屋根命 (配祀神)誉田別命(応神天皇) 比売大神 神功皇后 菅原道真

10月第2日曜(昭和56年より10月10日 江戸時代は9月9日)

本殿(春日造) 社務所(切妻造) 鳥居(神明鳥居)

1,441

社伝によると、延宝7(1679)年11月11日勧請という。
社名を春日大明神と言われていたが、明治元年に春日神社と改められ、明治6年4月村社となる。
同10年8月、村内の小社に祀られていた神(手置帆負神と中津日子神・誉田別神・息長帯姫神)を合祀した。
同42年12月、一村一社の神社合祀に基づいて、高原の富源神社に合祀された。
昭和56年3月、神社本庁の承認を受けて富源神社から分離奉斎した。
元禄7(1694)年『田辺領神社改』「春日大明神 牟郡栗栖川庄大川村、一、往古より有来所之産宮ニ而御座候 縁起旧記無御座候 故勧請之勧請之時代不申候、一、社内森山年貢無御座候、一、社領山林無御座候、一、無官之神主一人者役相勤申候 神主 兵太夫 庄屋 嘉左衛門」。
享保10(1725)年『田辺領神社改』「春日大明神 牟郡栗栖川庄大川村、一、境内末社天神一社、一、祭礼九月九日、一、縁起記録無御座候 故勧請の時代知不申候 往古より有来所之産宮ニ而御座候、一、神主無御座候 庄屋 伝四郎」。
寛政4(1792)年『田辺領神社書上』「春日大明神 牟郡栗栖川庄大川村、一、一社 但建前二尺七寸四方 御神躰木像 御長四寸八歩蓮花座ニ御座候、一、一社 天神 但建前二尺四寸四方、一、勧請之時代知不申候 往古より所之産宮ニ而御座候、一、拝殿建前 表口二間 裏行一間半、一、社領無御座候、一、社僧社人無御座無官の神主一人社役相務申候、一、境内森山ニ而年貢無御座候 但二十二間四方、一、山林無御座候、一、殺生禁御証文無御座候 神主 次郎兵衛」。
天宝10(1839)年『紀伊続風土記』「大川村 春日大明神社 境内山周八十八間 末社天神社 拝殿小名川向にあり」。
明治13年『神社明細帳』「和歌山県管下紀伊国西牟郡大川村字宮野 村社 春日神社、一、祭神 天児屋根神、一、由緒 延宝七年十一月十一日勧請 明治六年四月村社ニ列ス 明治十年八月同村村字小松野、手置帆負神、同仲津日子神、誉田別神、息長帯姫神、各合併、一、社殿 桁行二尺八寸 梁行四尺一寸、一、拝殿 桁行二間 梁行一間半、一、境内 四百六十三坪 官有地第一種、一、氏子 六十六戸、一、当県庁距離二十七里三十五町三十八間」。
(例祭)
氏子の希望により、寄付金に依って神輿を奉納し、祭典宵祭に神社発興當宿の家を地区行在所として宿すとし、氏子は参集して振わう(現在は、地区集会所2箇所の利用も可)。
翌日(日曜日)正午頃、當屋宅もしくは地区公民館を発し、地区内を巡幸して3時頃宮入し、還幸式を以って終わる。
昭和38年は氏子の寄附金に依る神輿1基で、子供達の為樽みこしを作り随伴した。
昭和49年、特志家の大半の寄附金と氏子の寄附金で子供みこしとして天神神輿が出来た。
八幡様の樽みこしはそのままとし、計3基で行事を行っている。
昭和38年以前から當番神主と稱し、おみくじに依って佐定まった者が最高の責任者として奉仕する事になっていた。
前年の祭礼から受継ぎ、当年の祭礼を以て終わる者を下番神主と稱し、上位当年宵宮から奉仕、来年の祭礼をする者を上番神主と稱している。
當宿選出方法。
1・2・3班に分かれて居り、年々何れかの班が當宿をし順次変わっていく。
當屋の班は、宵祭及び祭礼の費用を負担する。
氏子は年2千圓以上の祭礼費を負担する申し合わせがあり、実行されている。
昭和48年10月より、當宿主を正副2名(正に支障を生じた時すぐ交替する、奉仕は正と同じに奉仕する)に改め実行している。

写真情報

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