和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

和歌山県神社庁

和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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須佐神社

須佐神社 すさじんじゃ

  • 池本 泰三
  • 〒647-0054
    新宮市南檜杖652
  • 0735-52-3090(色川神社)
  • 須佐男命(素盞鳴尊)

高橋大明神(山を開き農耕地と灌漑路につくした人 後年里人が祀る) 大山祗神社

11月15日

本殿(木造銅板葺八幡造型と大鳥造の折中造 33崋凖造魎泙爐鳩66屐 社務所兼拝殿(99屐 一ノ鳥居(石造伊勢鳥居様式)

1,123

南檜杖 北檜杖

「神社の栞」によれば、詳細不明なるも役場台帳によれば明治6年村社に列すとある。
明治20年作成の高田村の字地図に「須佐神社」と記載してある。
明治38年10月6日、農商務省から移転登記を受ける。
戦後、昭和22年12月10日の登記簿で、教団名称は神社本庁となり、昭和28年5月22日に宗教法人須佐神社の設立登記する。
廃藩置県後、南檜杖は和歌山県、北檜杖は三重県にと両県に分かれるも、往時と同じく毎年例祭が行なわれている。
歴史的には佐野荘と同じく、両檜杖との堀内氏善安房守の統治下に属し、神仏習合の地域である。
明治22年、大水害で寺は流失した事と神仏分離の政策もあり、明治38年に官有地の払い下げを受け、明治39年2月に改築を始め9月に完成する。
その時、宮関係の祭祀物、石の奉納物を集約する。
昭和6年、本殿の周囲に玉垣と石の鈴門を建て宮の体制を整え、本格的に須佐男命を国家神道の線に沿って奉祀して「神事」を行なってきている。
紀南一帯に「素狭野、狭野、素狭男」の伝承があり、産土神・氏神・農耕神・山の神をも含めて、主神に「須佐男命」として奉祀してきている。
注、佐野の「佐」、須佐の「佐」も近年に書き替る。
(社叢)
杉檜を境内にもち、境内の両側に小川が流れ、社殿の左にそびえる岩壁、全体を南方系常緑樹で包む。
(例祭)
神事の準備と祭礼は神社役員により齋行する。
神賑行事は「農耕」と「餅ほり」である。
長らく途絶えている神事、7月3日前後に「田植え祭」、12月7日「山の神祭」が行なわれていた。
昭和6年、本殿を整備した頃の実話。
本殿の白い敷石は熊野灘海岸で拾い集め、小舟で熊野川をのぼり、川岸からは、小石を氏子総出で運搬した事や30年前まで、北檜杖の氏子の人達は例祭の参詣や「寄合」に小舟で往来していた事を話し、昔の日常生活の中に小舟をあやつる風景があった。
その姿が消え去った事を思い出しながら、なつかしそうに語る古老の目が輝いていた。
また三輪崎、佐野につうじる山道を通って「佐野の柱松祭」を見にいった事を語る古老もいた。
明治22年、大水害で寺が流失した。
その後、新宮市栄617番地、普川山松巖院(臨済宗)で佛事が行われてきている。
流失した寺に祠が存在していたかどうか不明であるが、文政9(1826)年きじや嘉右衛門、文化10(1813)年南桧杖若者の奉納石燈籠が流失を免れ、それらを明治38年頃現在地に移動したと伝えられる。
江戸時代の石燈籠は神仏兼用できる時代であった。

写真情報

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