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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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王子神社(市野々)

王子神社(市野々) おおじじんじゃ

  • 男成 洋三
  • 〒649-5302
    東牟婁郡那智勝浦町市野々1993
  • 0735-55-0321(熊野那智大社)
  • (主祭神)天照大神 忍穂耳尊 葺不合尊 (配祀神)金山彦尊

地主八咫烏神社

1月12日(1月第1日曜日)

市野々王子跡(県指定・史跡 昭和33年4月1日指定)

本殿(木造流造三社一殿造銅板葺 21,78屐 拝殿兼社務所(木造瓦葺入母屋造 47,19屐 鈴門(木造銅板葺 柱間約3m) 鳥居(石造神明鳥居 1基)

1,718

那智勝浦町市野々

当社の御鎮座する市野々の里は、那智川の上流域に位置し、地名は那智山の物資を売る市がたったことによると伝えられる。
現在は市野々(いちのの)といっているが、古くは「一野」(いちの)といっていた。
当社の創建年代は不詳である。
古代から中世にかけては、一野王子と称しており、天仁2(1109)年の、『中右記』の一節に「小川を数度渡り、一野王子社に参り、奉幣、行くこと十余町、那智山発心門鳥居に入る」と記されていることから、平安時代には熊野九十九王子社最後の王子社として、参詣する人々には感慨無量な奉幣を行ったことと思われる。
建仁2(1203)年の『御幸記』には、各王子社の名は明記していないが、王子神社の存在は当時も既存していたことは確実である。
室町時代に描かれた「那智山宮曼荼羅」にも王子神社が描かれており、参詣している様子も描かれている。
往古より、那智山熊野権現の末社とされたが、現在の王子神社が鎮座する地ではなく、中世の社地は現在の杉屋社遺阯(市野々字文明ノ岡)であったといわれる。
この杉屋社遺阯は、現在2間4面の間に礎石を存するのみにて、社域を示す石垣がめぐらされ、周囲に杉木が繁茂している。
元は那智山熊野権現の参詣において、天照大神影向の所と称え石の周囲7.10m、高さ1.20mの大石を天照大神影向石と称して尊崇している。
以前は王子神社の祭典の際に御旅所として仮の杉屋を建て参向していた。
現在の王子神社は、江戸時代にか故あって文明ノ岡から、その約100m下手の森の中の現在の位置に移転された。
ちなみに江戸期文書に王子神社の社殿について書かれており「三間造但六尺五寸間、面三間に二間、三方に三尺五寸椽、丸柱、塗彩色、金物、桧皮葺」とある。
明治元年社格撰定の時、村社に可列されて以来、那智山熊野権現の支配を離れ、100余戸の氏子によって維持されることとなった。
明治44年6月30日無格社金比羅神社を合祀した。
また、当社は熊野参詣道の一角にあり、社地は史跡に指定され、更に世界遺産にも含まれている。
(社叢)
神社の裏側に当地方最大級の藤の木2本があり、幹周囲1.10mの藤は側の梛の木に巻き、幹周囲0.87mの藤は側の杉の木に巻いている。
(例祭)
1月12日に行なわれ、この折に地区氏子の内、厄年に当る人の厄除祈も行なわれる。
祭典後神賑行事として、神楽(獅子舞)の奉納、お弓行事、子供みこし巡行、もち投げなどがにぎやかに行なわれる。

写真情報

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