和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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大徳神社(狗子ノ川)

大徳神社(狗子ノ川) だいとくじんじゃ

  • 男成 洋三
  • 〒649-5313
    東牟婁郡那智勝浦町大字狗子ノ川335
  • 0735-55-0321(熊野那智大社)
  • (主祭神)天照大神 (配祀神)倉稲魂神

稲荷神社

2月11日

本殿(木造銅板葺 2,7屐 社務所(木造瓦葺 34,2屐

723屐ゞ内山林614

那智勝浦町大字狗子ノ川

創建は不詳であるが、現在地上の奥地約700mに土着人により発祥し、農山漁の守神として来たものである(旧社殿跡地が現存し、古宮といい伝えられている)。
現在地への移転は神社の石製灯篭の寄進年月から、江戸時代中期の、元文4(1739)年頃と推測される(灯篭は1対あり、1体は元文、1体は延享の刻がある)。
明治6年狗子の川村社に列せられ後、大徳神社の名称で信仰されたが、明治44年高津気区 神明神社に併合された。
昭和23年に分離し、昭和57年に法人化・神社名も大徳神社とした。
当社の鎮座する狗子ノ川は、江戸期から明治22年までは狗子ノ川村と称し、『紀伊続風土記』には「浜宮村の丑の方二十五町にあり、新宮往還の川を境して、小谷の中に村居し、西は白倉山大峰山を境して、川関村と隣る」とある。
古く室町期から「クシノカワ」の地名が見え、「鬮河」とも書かれている。
地内東方の大狗子峠、小狗峠という地名は、古くは大鯨峠、小鯨峠と書かれたという。
寛永5(1629)年の郷帳によれば、家数29軒、人数は男79名、女89名の186名、明和(1764)〜寛政年間(1801)頃の『紀州新宮頒分見聞記』によれば、家数26軒であった。
『紀伊続風土記』には狗子ノ川村に「小祀一社」とあり、この小祀が大徳神社ではなかろうか。
明治初年には、専業農家2軒、他は兼業農家で、男は杣樵をし、女は農耕のみに従事した。
明治6年には戸数32軒、人数男96名、女92名の188名であった。
明治24年には、戸数42軒、人数男117名、女124名の241名。
戦後、近隣の山を開拓し、ミカン栽培を行っている。
(例祭)
明治44年迄は、当社の例祭で弓行事と神楽(伊勢獅子)が行われていたが、近年は神主と役員で神事を行った後、当家(毎年年齢順に家主が当る)の奉仕により崇敬者が会館に集り祝宴を行うのみで、弓行事と神楽は行われていない。
又、稲荷神社の例祭は、近郷の漁業者・自営者・一般の参拝が多く、神事と共に餅投げが行われる。

写真情報

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