和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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大原神社

大原神社 おおはらじんじゃ

  • 井谷 正守
  • 〒649-5147
    東牟婁郡那智勝浦町大字庄270番地
  • 0735-74-0470(木葉神社)
  • 市杵嶋此売命

秋葉神社

7月15日(15日の前の日曜日)

本殿(木造流造銅板葺 6,6屐 拝殿(木造瓦葺 40屐 鳥居(石造 1基) 手水所(石造 1基) 灯篭(石造 2基)

300

那智勝浦町庄

当社は、創立年代不詳、明治12年4月1日村社となる。
明治44年3月、神社制度の改正により、市屋鎮座太田神社に合祀されたが、昭和23年6月30日、旧宮地の現在地に遷宮した。
例祭には獅子舞が奉納されていたが、現在は過疎のため獅子舞奉納にはいたっていない。
町内中里に住する松本貞次氏が、大原神社について研究し、地元紙の『南紀州新聞』に寄稿している。
氏の研究によると、「祭神市杵島姫神創立は年代不詳だが、中里の和田神社再建は文化七(1810)年の頃、庄と中里が共有だった」とあるから、その以後の創立かと思う。
例祭は7月15日、獅子舞があって下和田や市屋の宮へも出向く程盛大であったが、現在では人手不足で休止の様である縁起も不詳と「町史」にある。
「祭神市杵姫神は宗像三女神の一人で出雲の神と共に、律令体制下でも世襲を許された例外的民族であり、皇祖の家柄と認識されていた、(永井寛説)宇佐八幡宮にも祀られ、厳島神社の祭神でもあり、人々には多くの御神徳を顕す神として崇拝者が多い、父神は大山祇の神で町内でも四ヶ所程神社がある、古事記では大蛇退治として有名な斐伊川の物語の主人公、奇名田姫を名とした姫神である、市杵の姓はこの神を祖とし物部氏の祖とされる饒速日命の母神でもある、奈良時代、熊野修験が桓武天皇の御不快のおり、側近阿刀大足や、伝教大師の要請を受けて大泰寺を創建熊野修験第一道場とした此の阿刀大足や永興禅師も市杵姓であり、同時代奈良の興福寺僧正儀渕や光明皇后の看病に成功した玄形寮蟻臑の妹霊依姫を母とした弘法大師等も市杵氏である、庄の役場の側を榎元と言う地名らしいが、修験集団の住地だったかも知れない集団の長永興禅師の姓が榎本であった、阿刀大足も新宮権現の宇井大観の系図熊野三党に依ると管師符将軍とある人で、紀の川筋の宮省符村の古代の役所の長官であった様である、(中略)市杵島姫神は特異な存在の神で神仏習合時代、水の神弁財天として祀られた、町内では各所に祀られ色川では地名としてベサイトの名がある様に、古代熊野には縁深い女神である、古事記ではスサノオ命と夫婦神とあるが、スサノオは本来の神名ではなさそうである、市杵島姫もまたの名を下照姫の外いくつかの神名で呼ばれている、三山の経営が修験者から別当制に移行したのが弘仁年中(810)頃で、左大臣藤原武智麻呂の子延慶伝法大法師を父とした永興禅師の娘を母とした快慶が初代別当となった頃、禅師有馬姓を名乗って有馬に移住産田神社を創建して二十何代が続いたと風土記にある、その末裔が神志山村の原地区にある事から同地域出身の人々が、大原の名を付けたとも考えられる、庄地区の住人と同姓の人々が隣接の市木地区に多く見られるからである」とある。

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