和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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金刀比羅神社(太地)

金刀比羅神社(太地) ことひらじんじゃ

  • 盒供\擬
  • 〒649-5171
    東牟婁郡太地町太地113
  • 0735-52-1646(八幡神社勝浦)
  • 金山彦神

御崎神社(少毘古那神) 諏訪神社(建御名方神)

1月10日

本殿(木造流造 19,8屐 社務所(木造 22,5屐 鳥居(石造八幡鳥居)

735

太地町太地

当社は、寛政10(1798)年太地角右衛門頼徳が、讃岐国(香川県)金刀比羅神社より勧請したもので、棟札には「寛政十年三月 太地角右衛門」とある。
太地家は、当地方の豪族和田家の本家で、「角右衛門組太地鯨方」の頭首であり、代々崇敬の念が篤かったと伝へられる。
五代目太地角右衛門頼徳の高祖父和田角右衛門頼治は、延宝5(1677)年に鯨を網で掛け、拘束した上で突き取るといふ画期的な捕鯨法を考案し、天和3(1683)年暮れから同4年春までの数か月間で96頭の鯨を捕獲したことで一躍世に知られ、紀州藩主徳川家を通じて禁中に、新宮領主水野家を通じて将軍家に御用鯨肉を例年献上し、二代目紀州藩主徳川光貞より「太地」姓を賜った。
太地浦での捕鯨は、初代角右衛門の祖父和田忠兵衛頼元が、慶長11(1606)年に泉州堺の伊右衛門、尾洲知多崎の伝次等と突取捕鯨を開始、又、父の和田金右衛門頼照は元和4(1618)年に尾洲知多小野浦の羽指(鯨突きの専門職)与宗次を雇ひ入れ、その技術により太地浦近隣でも突取捕鯨が盛んとなり、金右衛門頼照は寛永元(1624)年飛鳥神社を勧請してゐる。
かつて例祭には奉納相撲も行はれ、遠近多くの参詣者で賑はった。
鳥居前には「八丈島」と刻まれた石も奉納されてゐる。
往事鯨を網に掛けて突き取った「網代」の海域が眺望できる網代崎に鎮座する。

写真情報

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