和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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神戸神社

神戸神社 こうべじんじゃ

  • 石田 保
  • 〒649-4104
    東牟婁郡古座川町高池宮ノ下323
  • 0735-72-0589(古座神社)
  • 神戸大神

11月15日(近い日曜日)

火焚神事(11月15日) 湯立神事(11月15日)

本殿(しいの木のまた〔生木〕) 石燈篭(天保3〔1832〕年1対 王垣の中に5基) 小燈篭(1基) 石手洗(1基) 摂社いなり社(11,56屐

793屐ゞ内山林1,557

古座川町高池下部地区

当社の由緒については詳細は不詳である。
湯立釜の記載に潮崎の文字がみえる。
潮崎氏が当地を治めていた時代より以前から神社があったのだから600年以前と推する。
神戸の由来については諸説あるが、月の瀬のカワベより移転したとする説がある。
他に神戸→コウベ(頭)→スサノオノ命を考える人もいる(頭の社)。
呼び方についてはコウベ、コウド、カンベなど種々あったが、土山神職就任当時区長と相談してコウベと読むことにした。
11月の祭には盛大な火たき祭が行われる。
これは当地に材木商が多かったことから、その商人達の寄付によって木材が山とつみ上げられて、夕方5時ごろから翌朝祭典が行われるまで、境内の大木をこがすばかりの大きな火となって晩中にぎわった。
今はすこしく昔の面影が失われつつあるが、それでも相当な量の材木を得て盛んに行われている。
湯立釜も残火でわかしている。
江戸時代天保年間(1830―44)に編纂された『紀伊続風土記』によると、当神戸神社の鎮座する古座川町高池宮ノ下は、三前郡高川原村にあたり、「中湊村の乾に村居相接して、古座川に添ふ、土地高き川原なり、因りて名とす、村居百年許前は山手にありしといふ」と記して村名の由来を記している。
この村に「村中にあり木を神躰とす」として「神殿(カウドノ)明神森」があるとし、これが神戸神社である。
この村の産土神は西向浦に鎮座する住吉社で、古座浦も同じ住吉社と『風土記』は記している。
またこの村には、鎌倉時代以来の熊野の土豪で、戦国時代に付近一帯を領地とした高川原(高瓦)氏が居住したといわれ、この高瓦氏について、『紀伊続風土記』に「高瓦氏は、三位中将平惟盛の遺孫にして、代々潮崎荘に居住す、中古高瓦摂津守伊勢国司北畠具教に仕ふ、奥熊野長島郷の中の坊並びに九鬼氏等国司の下知に随はず、摂津守属先駈して軍功あり、元亀年中堀内氏の将椎橋新左衛門太田荘佐目城を守り国郡を略す、摂津守等此を防き其一族浅利平六といふもの新左衛門を打殺し遂に城を奪ふ、此より太田荘下里村より南を領す、其後織田家の臣瀧川伊豫守に属し軍功あり、摂津守の嫡子帯刀幼名を小源太と云ふ、秀吉公に属し八千石を領し中湊村に住す関ヶ原合戦の後牢人となり、其嫡子小平太浅野幸長に仕へ泉州樫ノ井の役に淡輪六郎を打取る、其後芸州に至りて千五百石を領す、二男五郎左衛門も彼地に至る嫡子源太夫小左衛門は古座の城跡に居住す、慶長五年地士に命せられ其子兵右衛門鉛山奉行となる、子孫皆村中にあり高瓦は即高河原にして地名を以て称するなり」とある。

写真情報

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