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中玉神社

中玉神社 なかたまじんじゃ

  • 村上 正人
  • 〒649-4565
    東牟婁郡古座川町大字成川758
  • 0735-67-0106(八幡神社和深)
  • 国常立尊 伊弉諾尊 伊弉冊尊

10月25日

本殿(木造銅板葺 9屐 拝殿(木造銅葺 20屐 社務所(木造瓦葺 10屐 鳥居(木造)

古座川町大字成川

第百十代後光明天皇の慶安3(1651)年庚子、成川村中より円形御鏡経5寸重量20目宛3面を納め奉りて、国常立尊・伊弉諾尊・伊弉冊尊創めて祭祀する。
第百十二代霊元天皇の貞享元甲子(1684)年、成川住民より当氏神を祭らんが為此地を鎮守地とする。
明治44年丸山神社に合祀するも大正2年現在地に分祀する。
江戸時代天保年間(1830―44)に編纂された『紀伊続風土記』によると、村の北端にあり、谷川社地の三方を流れて島の如き地にあり」として「三所権現社」を記しており、「境内森山周六十六間」「祭神或は熊野権現といふ、末社虚空蔵社あり」と記している。
『東牟婁郡誌下巻』第十二編、名所舊蹟誌の条に「成川村 大川の右に有、三社権現 在成川村、南紀神社録云配神は、熊野三所を遷し祭れる也といふ」とある。
同書『東牟婁郡誌下巻』第十編、社寺誌の条に「明治六年調神社」として東牟婁郡内の神社を記しており、成川村は「中玉社」とあり、明治6年には「三所権現社」は「中玉社」と名称を変えていたことがわかる。
この時期は、明治維新の折の大変革によることであろうか。
成川村は『紀伊続風土記』によると「西川村の寅卯の方二十三町にありて枝谷なり村中山多くして、民家其間に一・二軒宛散在して、村中一里許に家数、わずかに三十軒余あり、松根村は村の乾に當りて一里許にあり、成川は鳴川なり、村中高原ノ峰の八合許に鳴石といふ石あり、高さ二間徑り四間許なり、川水是に響きて大に鳴動す、村名是より起る」とある。
同じ『紀伊続風土記』に「家数 二十四軒 人数 百一人」とあり、2つの谷間にわずかな水田があるが、林業を主体とした山村であった。
明治6年には、戸数36、人数・男73人・女59人。
明治24年には、東西18町、南北22町余、戸数27、人数・男87人・女72人。
昭和30年には、世帯数28、人数・男69人・女59人。
近年過疎が進行し、世帯数、人口とも半減している。

写真情報

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