和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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若宮八幡神社

若宮八幡神社 わかみやはちまんじんじゃ

  • 村上 正人
  • 〒649-4563
    東牟婁郡古座川町平井1175番地
  • 0735-67-0106(八幡神社和深)
  • 応神天皇 大山津見神 高倉下神

11月15日

本殿(木造銅板葺神明造 10,73屐 拝殿(木造銅板瓦棒葺入母屋造  8,25屐 社務所(木造瓦葺平屋造 51,765屐 慰霊碑(石造塔 28屐 一ノ鳥居(鉄管) 二ノ鳥居(鉄管)

1,600屐”瀉600屐〇確1,000

古座川町大字平井

当社の御祭神は、応神天皇に座し坐して佐々木京極の子孫備前国の住人西長左衛門なる者当地に来て、元禄4(1691)年末年11月勧請して此地に祀る。
明治42年許可を得て、西川丸山神社に合祀したが遠隔の地のため、参詣に不便なだけでなく敬神の道を欠くの恐れがあるとして、大正5年元の地、平井字下地向45に新に社殿を造営し遷座する。
大山津見神は山神社と称して、元七川村平井岡ノ峯1175に遷す。
高倉下神は矢倉神社と称して、元七川村平井の井の谷に鎮座し、地主神社は元七川村平井字大原平に鎮座し、若宮八幡神社に合祀する。
平井字下地向45に鎮座の社殿は損傷ひどく、昭和34年現在地岡元峯1175移転を計画し、昭和37年に遷座する。
尚、若宮八幡神社を創建した西長左衛門について、新宮市三輪崎、西富嘉司より紀南新聞社に由緒の訂正があり「宇田天皇の第八皇子敦実親王を始めとする佐々木源氏であり、佐々木京極の三男である佐々木長左衛門宗綱(後に姓をかえ西長左衛門と名乗る)は、備前の国岡山より落ち、船にて串本町里ノ浦に上陸、その後大釜を経て一族十数名をひき連れ建長五(1253)年当所に来たりて山を切り開き、当村の開祖であります 又、平井を云う地名は、清水の湧き出る菖蒲の生えた水たまり(平井戸)より平井と名付けたものであります」とある。
『紀伊続風土記』(天保年間に編纂)によると、古座川町平井は七川谷郷平井村といい「家数、四十軒、人数百八十四人」とあり、「下露村の乾一里許にあり、西は市鹿野荘木守村は山を堺として幽谷の中に村す、峰高く谷狭くして村居処々に散在せり」とあり、村中に「廣徳寺」ありと記し氏神社については記していないが、西川村に「十二社権現社」(丸山神杜)あり、この神社は添野川、平井、井野谷、下露、西川5ヶ村の産土神なりとしているところから、記さなかったものである。
添野川の舊家、松葉氏の家伝に「松葉氏は村上一族なり 村上清重、承久の変の戦に敗れ、玉山に蟄居す 後に山を出て西川の里を拓き、十二社権現を勧請す 其の一族、下露に仲氏、平井に西氏、添野川に松葉氏と分家す」とあり、この事より同じ一族であるために、産土神も同一としたものと思われ、この地にそれぞれ氏神社として、添野川には若宮神社、下露には稲荷神社(現在は平和神社)、平井には若宮八幡神社を勧請奉祀したものである。

写真情報

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