和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

和歌山県にある神社を総合的にご紹介【和歌山県神社庁】

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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潮崎本之宮神社

潮崎本之宮神社 しおざきもとのみやじんじゃ

  • 深美 芳治
  • 649-3503
    東牟婁郡串本町串本1517番地
  • 0735-66-0658
  • (主祭神)底筒男命 中筒男命 表筒男命 (配祀神)事代主命 神功皇后 武内大臣

恵比須神社

10月15日(10月第2日曜日)

櫛筥(伝神功皇后奉納 櫛 壷〈古瀬戸〉2)

潮崎本之宮神社棟札(町指定)  潮崎本之宮神社御的祭(町指定)  樹木「柏槇」(樹齢1200年 町指定天然記念物)

本殿(流造 39,7屐 拝殿(切妻造 19,8屐 社務所(切妻造 205,89屐 手水舎(3,3屐 鳥居(石,明神鳥居) 鈴門(流造) 境内社(流造)

4,499

東 西 南 北 植松 矢之熊 堀笠島 袋 大水崎 サンゴ台

当社は、『延喜式』に記される牟婁郡内の海神三神を祀る古社で、古代より海上交通の守護神として崇敬されていた。
社伝には「神功皇后三韓を伐ちて御凱神の帰途、都で忍熊王の謀反をおこしていると知り、皇后は武内大臣に皇子(応神天皇)を守護し紀伊に趣かしたが、南海に漂うた末に当地の旧名大水門浦に着かれ、そのときに当地に住吉三神の大神を祀られ海神社御本之宮と称した」という。
神領は往昔7反であったが、天正年間以後2石となった。
江戸時代は海神社とか本ノ宮といわれ、大島・出雲・串本3ヵ村の氏神として崇敬された。
明治初年の神仏分離の動きの中で、社名を現在の潮崎本之宮神社と定めた。
明治6年4月村社となる。
同40年4月、神饌幣帛料供進社に指定された。
同43年2月一村一社の神社合祀で、村内の小社(袋の恵美須神社・中地の戎神社)を境内社に合祀する。
大正3年2月、会計法適用社にも指定された。
翌4年9月、郷社に列せられる。
(例祭)
串本町本之宮神社の秋祭りは、東、西、南、北の4支部から奉納される獅子舞が中心的役割をつとめる祭りである。
祭典準備は1ヵ月前の獅子出しからスタートする。
獅子宿は青年会館や地区会館などで、例祭日の3日前頃の稽古納めまで毎晩練習が続けられる。
殊に、この年から稽古を始めた新人の中から、祭礼当日栄ある宮舞わしが選ばれるので、教える者、習う者、気迫のこもった練習となる。
一方、神社では9月末か10月始めに総代会がもたれ、祭典全般の協議が行われ準備が進められる。
例祭日の2日前は餅つき、幟たて、提灯、神饌、直会などの準備をする。
例祭日の前日は、午後6時、各支部の屋台集合のサイレンを合図に宵宮が始まる。
威勢のよい笛、太鼓の祭ばやしに景気づけられ、町内銀座通りに4支部の屋台と各支部の高張り提灯、礼服姿の総代達、串本節ゆかた姿の獅子舞会の若衆達が集合すると、7時半頃、祭典中一番の見ものである神社までの宮登り道中(行列)が始まる。
列順は、当番組を先頭に各支部の高張提灯に先導された総代、役員、屋台が続く。
途中で潮くみの儀を行い一同禊をし、道中祗園ばやしにはやされて掛け声勇ましく屋台が練り歩く。
沿道の見物衆からも合の手が入り、祭り景気が盛り上がると屋台同志がぶつかり合い、つぶし合いとなり華やかな祗園ばやしと威勢のいいかけ声と共に神社に練り込む。
神社到着後は、当番組から順に神前で獅子神楽(幣の舞)を奉納し宿に引きあげる。
当番組は残って乱獅子の舞を奉納する。
本祭は、午前7時頃銀座通りに各支部の屋台が集合。
宵宮と同じ順路で約1時間ぐらいの練りで宮入りをし、境内にて神前式まで待機する。
神社では8時30分より神饌を供え、神前祭を斎行(後直会に移る)。
神前で祝詞奏上が始まると、待機していた獅子は当番組から順次獅子舞(幣の舞)を奉納し、境内の恵比須神社にも舞奉納を行う。
舞い手は選ばれた新人が勤め舞い納める。
4支部の獅子舞の奉納が終わると、当番組以外は地区舞に出発し、当番組は神前にて獅子神楽全舞曲を演じてから地区舞に出る。
地区舞は、戸数の増加などから担当地区内の数か所で幣の舞を行い、他に新築家固め奉幣と希望申し出のあった家々に幣の舞を行い、例祭翌日までつとめて秋祭りを終える。

写真情報

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