和歌山県神社庁は「万葉集」にも詠われる和歌浦の地にあります。

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和歌山県の総合神社紹介【和歌山県神社庁】

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水門神社

水門神社 みなとじんじゃ

  • 盒供\擬
  • 649-3633
    東牟婁郡串本町大島73番地の2
  • 0735-52-1646
  • (主祭神)誉田別命 (配祀神)市杵島姫命 事代主命 木花開即姫命

巌島神社 恵比須神社 浅間神社

2月11日

大島水門祭(県指定) 水門神社棟札(町指定)

本殿(入母屋造 13,2屐 拝殿(本殿の上に大屋根兼ねる)  社務所1(入母屋造 46,2屐 社務所2(入母屋造、集会所を兼ねる) 神饌所(26,5屐 おこもり場(16,5屐 鳥居(神明造)

1,815

大島

社伝に神功皇后三韓を伐ちて御凱陣の御帰途、都で忍熊王の謀反をおこしていることを知り、難を南海に避けて漂うたすえに当地の旧名大水門浦に御着なられたが、皇后の御一行は皇子(応神天皇)を守護するため、現在の通夜島(別名宮山または御供木山という)に仮宮されたという。
江戸時代は若宮といい、大島の産土神として崇敬された。
明治初年、社名を若宮神社とした。
明治6年4月、村社となる。
同44年3月、一村一社の神社合祀で村内の神社(北地の八幡神社・蛭子神社)を合祀した。
大正3年2月、神饌幣帛料供進社と会計法適用社に指定された。
同4年11月、社名を水門神社と改称した。
(例祭)
紀伊半島最南端、串本町の離島大島の当社の例祭は「水門祭」と呼ばれ、県文化財の指定を受けていて、海に陸に華麗にくりひろげられる祭典で、2月11日が例祭日である。
祭典の斎行は、2月1日神前で行われる神くじによる「諸役のくじ引き」から始まるが、それより前に大同会(青年会)では1月15日から獅子舞の稽古を始め、25日には櫂伝馬の宿が決まり、伝馬への乗組員2チームも編成され、競漕の練習が寒風の中水しぶきをあげ毎夜続けられる。
2月1日は、当番組一同が当屋、当船など祭事にかかわる13ヶ所に笹竹を立て、しめ縄張りをし、当船の点検等、祭典準備に入る。
5日は酒造り、9日は餅つきなどと諸準備が進められ、宵宮の10日には幟立て、神幸巡路の榊立て、浜へは櫓を組み小さい山を形どったお山を作り、諸準備万端完了したことを報告のあと、当番組の3名が火を燃やしながらの宮篭りに入る。
11日の本宮には、午前9時より神前にて例祭式が斎行される。
10時30分より二火との弓頭が1人6矢、合わせて12矢的に向かって奉射するお的式が行われる。
続いて氏子に酒肴をふるまう、大座の儀が古式にのっとり進められる。
大座の儀式がおわると神幸の儀に移る。
潮打の先導で神官、祭主、氏子総代、当番役員、弓頭、唐櫃をかついだ白丁、その後に獅子屋台が笛太鼓にはやされて勇ましく練り進み、浜へと向う。
浜では美々しく飾られた当船に乗り込み、歓呼に送られ五丁櫓の音も勇ましく、苗我島への船渡御に出る。
5人の櫓方の漕ぐ当船の左右には、鳳、隼、2隻の櫂伝馬が並んで大島湾入り口まで見送る。
当船の渡御を見送った鳳、隼の櫂伝馬は、湾内をゆっくり漕ぎ進みながら船から岸に向って餅を投げ、浜にはドッと歓声がわく。
午後1時より鳳、隼、2隻の櫂伝馬が大島〜串本間3.8劼鰺α圓冒罎競う櫂伝馬競漕が行われ、力漕する上半身裸の若者と見物衆の熱気で浜は祭礼一色に溢れる。
櫂伝馬レースがおわると、つるの儀式が始まる。
宵宮にたてられたおヤマ(山を形どったもの)のまわりを身を浄め、化粧をし衣装をつけた以士子、上瓠∧饂、弓持・連雀、商人たちの行列が見物衆と豊漁を祈念するやりとりを面白くしながら、ゆっくり3回まわる。
そのうち当船が苗我島より帰港してくる。
当船が岸に着くとお山は倒され、お山に飾られていた鏡の争奪が始まる。
壮絶な鏡とりがすむと若衆達は屋台練りへと移る。
櫂伝馬で勝った方が屋台の西側、負けた方が東側を担ぎ、双方ここでも力を出し合って掛け声と共に押し合い練り進む。
屋台が最終地点に入り、夕刻からは社務所で獅子舞の奉納があり、祭典の幕を閉じるが、獅子はこのあと区長宅、当番組長宅などで寝獅子の舞いを演じ、翌日は神屋敷、区、漁協、当船、新築の家々にて舞を奉納する。

写真情報

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